ドアは涙の音で閉まる
02

「明日、比奈の誕生日だよね」
「あい」
「どっか、出かけようか」
「どこに?」
「どこでも。中華街とか」
「……うーん」
「いや?」

 ああいう、観光地みたいなところ、好きだと思ったけれど。
 首を傾げると、比奈はむむっと唇を尖らせた。

「やじゃないですよ! でも……先輩のおうちがいい」
「え?」
「今日、先輩のおうちにお泊りしたい」
「……」
「そんで、一番最初におめでとって言ってほしい……です」
「……そんなのでいいの?」
「大事なの!」

 顔を赤く染めて、比奈がつないだ手に力を込める。小さな手のひらから伝わる力は弱いけれど、俺をしっかり掴まえている。チョコレート色の髪の毛は、この一年でだいぶ伸びて、今では肩につくくらいになっている。
 そっと頭を抱き寄せると、抵抗せずにおとなしくされるがままになっている。俺も頭を傾けて、こつんと比奈の頭と軽くぶつけてみる。

「じゃあ、そろそろ、帰ろっか」
「はい!」

 立ち上がって、比奈がつないでいないほうの手でスカートのお尻を払った。それから、携帯電話を取り出して二、三操作をして耳に当てる。

「あ、りんりん! 比奈だよ、今日ね、尚人先輩んちね、泊まってもいい? え、うん、うん。分かった! ばいばい!」
「お母さん、なんて?」
「桐生くんに迷惑かけないようにねって!」
「あはは。いつもそれだね」

 笑いながら比奈の手を引いて山を下りる。獣道のようなものがあるので、簡単に上り下りできた。
 俺のアパートに向かいながら、比奈がぽつんと言った。

「先輩がいなくなっちゃったら、タマはどうするの?」
「あ、あー……うーん……比奈のマンションはペット禁止なんだよね?」
「うん」
「梨乃ちゃんにお願いしてみようか」
「うん!」