ドアは涙の音で閉まる
01

「こんなとこ、あったんだ」
「ですねー」

 俺と比奈は、学校の裏手にある小さな丘の上に来ていた。そこは、てっぺんに桜の木が一本立っていて、木のそばに小さなベンチがある、静かな場所だった。
 穴場らしく、人の気配はない。
 放課後、比奈とこの辺りを散策してみようということで、今この場所を見つけた。小さな山の頂上付近にぽっこりと丘が突き出していて、なかなか雰囲気のある場所だ。
 三月に入った。比奈との別れがもうそこまできている。比奈の誕生日を俺が祝うことができても、比奈が俺の誕生日を祝うことはできない。その頃にはすでに俺はここにいない。

「ねえ、約束しようか」
「約束?」
「俺は、ここに帰ってくるつもりで向こうに行く」

 比奈は最近、ずっと明るく笑顔でいて、俺の進路のことは何も知らないというふうに無視し続けていた。だから、向こうに行くという俺のこの言葉も久しぶりだ。
 比奈の笑顔が歪んで、泣きそうになる。でも、前のように行かないでとは言わない。

「いつになるか分からないけど……」
「……」
「俺が帰ってきたときもし、もし……比奈がまだ俺のことを好きでいてくれるなら」
「比奈は、先輩じゃないきゃいやだよ」
「うん、でも、世界って広いんだ。俺以外の誰かを好きになる可能性だって十分にある」

 そう、広いんだ。比奈には、俺以外見てほしくないなんてわがままは言えない。もっと広い世界を見て、たくさん、たくさんいろんなことを知らないと。

「……そんなこと」
「比奈の世界を小さくしたくないんだ。いろんなものを見てほしいし、俺に縛っておきたくない」
「……」
「だから、もし、まだ俺のことを好きなら、約束しよう」
「……何をですか?」
「毎年、ここで待ってて」
「え?」
「俺は、十八日に日本を出て行くけど、十八日に、ここで待ってて」

 よく分からない、といった顔をした比奈に、思わず吹き出す。なんですか、とむくれて言う比奈の手を握って、俺は息を吸った。

「毎年十八日にここで、待ち合わせしよう」
「……先輩、来てくれるの?」

 不安げな口ぶりに、俺は少しだけ笑って頷いた。

「いつになるか分からないけど。でも、必ず帰ってくる。比奈が俺を好きじゃなくなったら、来なくてもいい」
「そんなことない!」
「ありがと。でも、人の気持ちは変わるから」
「先輩は、イタリア行ったら比奈のこと忘れる?」
「……忘れないよ」
「じゃあ比奈も忘れない!」

 意気込んだ比奈に、胸が締め付けられる思いだった。今からでもいい、イタリアに行くのをやめてここに残りたい。そんな気持ちが鎌首をもたげる。でも、それはできない。
 古ぼけた木のベンチにふたりで座って、学校を見る。高い位置から見ているので、屋上まで見渡せる。