嘘に優しさなんかない
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「また、人来たら、どうするですか」
「来ないってば」
「さっきもそう言って、来たじゃん!」
「さっきはさっき、今は今」
「むー……」

 納得しきっていない比奈の頬に軽くキスすると、また怒られた。学校ではスキンシップ禁止だそうだ。

「じゃあ、このかっこも、おしまい?」
「えっと、えっと……これは、いいの」
「なんで?」
「先輩の、心臓の音、聞こえる」
「俺の?」
「うん。先輩ですよーて、言ってる」
「何それ」
「分からないなら、いいですもーん」

 比奈が、ぴーぴーと口笛のようなかすれた音を出す。練習中なのだ。あゆむが口笛を吹きながら寝転んでいたのを目撃し、ものすごくうらやましく感じたらしい。
 俺は比奈の頭に弁当箱を固定して食べながら、それを聞く。いったい比奈はいつになったら弁当を食べ始めるのだろう。ぴよぴよ口笛の練習なんかしていたら、昼休みは終わってしまう。

「比奈、ご飯食べな」
「うん?」
「昼休み終わっちゃうよ」
「あわわ、そうであった!」
「……何キャラ?」
「え?」
「いや、なんでもない……」

 比奈の突飛な言葉は今にはじまったことじゃない。軽くスルーできればいいのだが、どうしても気になるときというのはある。
 むぐむぐと動く柔らかい頬を斜めから眺めながら、立春を迎えた風に身を委ねる。あと二ヶ月を切った。比奈といられなくなるまでのタイムリミットは、確実に、無情に近づいてくる。

「食べたよぅ」
「ん、俺も。ごちそうさま」
「お粗末さまー!」
「ん」
「あわわっ」

 弁当箱を片付けた比奈を思い切り抱きすくめると、比奈が慌てたように身体をじたばたと動かした。それを押さえつけ、比奈と向かい合うようになるように彼女の身体を回転させる。顔を赤くした比奈を、もう一度抱きしめる。

「先輩……」
「寒いんだもん。あっためてよ」
「……」

 ちゅっと軽く口づける。角度を変えて、また軽くキスをする。それをしばらく続けて、鼻の頭や額、目尻、頬に軽くキスしてまたぎゅうと抱きしめる。比奈の後頭部を左手で俺の胸に押し込んで、右手は細いウエストに回して、隙間のないように抱きしめる。最初はわたわたと慌てていた比奈も、おとなしくされるがままになっている。
 比奈の頭に自分の頬を寄せ、目を閉じる。幸せだ。シャンプーの香りが鼻腔をくすぐる。
 遠くでチャイムが鳴るのが聞こえた。それを合図に拘束を解くと、比奈が俯き加減に俺から離れた。

「午後の授業、始まるですよ」
「うん、行こっか」
「あい」

 立ち上がって、ちまちまと歩く比奈を抜かさないよう、かと言って後ろに回らないよう、ゆっくりと歩く。慣れたことだ。
 隣の比奈を見下ろす。
 泣きたいくらいに今、幸せだ。この幸せが優しい思い出となって俺のもとから離れないように、強く願う。

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