嘘に優しさなんかない
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 そよそよと冷たい空気が屋上を流れていく。太陽の熱でちょうどいいくらいに温められたアスファルトの地面に寝転び、流れる雲の行方を目で追う。目を閉じると、少し伸びた前髪が風に遊ばされてなびいてまぶたにかかった。
 完全な茶髪に戻ったそれは、最初のうちこそ染めただのなんだだのと沢山先生から厳重注意を受けていたが、どうやら地毛らしいと分かったらしく、最近は何も言われない。進路のことで一度親を呼び出せと言われたが、とりあえず拓人を呼んでイタリアに行くことになったと説明しておいた。

「先輩!」
「ん、おはよ」

 ドアが開いた音に起き上がって、比奈が歩いてくるのをじっと見る。

「またサボってたですか? もうお昼ですよー」
「あー、昨日寝不足で……」
「何かあったですか?」
「いやぁ……なんとなく寝れなくて」
「ふーん?」

 比奈から弁当箱を受け取る。ぱかっと開くと、前と同じように海苔がハート型になったのが米の上に乗っている。タコさんウインナーも健在だ。

「寒い」
「こっちおいで」
「う?」
「ほら」

 足を広げて、その中心に比奈を座らせる。背中から包み込むようにしてやると、耳まで赤くなっていた。

「は、恥ずかしいですよ……」
「なんで? いつも家でやってるじゃん」
「ここは学校です! 先輩破廉恥!」
「あははは誰も来ないよ」

 笑い混じりにそう言った瞬間、乱暴に屋上のドアが開けられた。

「うわっ、尚人」
「あっ」
「……」

 真中夫婦(もう夫婦でいいだろう)の片割れがちくちくとした視線で俺たちを軽蔑するように見る。比奈は真っ赤になって「だからゆったじゃん!」と俺の足をぽかぽかと叩く。

「……ごゆっくり」
「おいちょっと待て、なんでこの馬鹿どものために俺らが場所変えなきゃなんねーんだよ」

 素直にドアの向こうに消えかけた旭さんの腕を掴んで、あゆむが引き戻す。

「俺らは向こうで好きにやらせてもらうからな」
「こんな真昼間の屋上で!?」
「そのやるじゃねーよ馬鹿かお前」

 冗談で言ったら三割メンチ切られた。友達なのに三割メンチ。ちょっと泣きたい。まあ本番は五割を超えたところからだから、あんまり怖くないのだけど。
 すたすたと壁の向こうに二人は消え、なんだかいちゃいちゃした会話が聞こえてくる。(「今日はあゆむの好きなハンバーグだよ」「別に俺好き嫌いねーよ。お前のだから食ってるだけ」「あゆむ……!」)
 つい、と比奈の顎を右手で覆って、上向かせる。きょろりとした大きな目と目が合った。そのまま、上唇を食むように口づける。数度角度を変えて啄ばんで解放すると、うっとりと閉じていた目を開けて、涙目で俺をにらむ。