嘘に優しさなんかない
08

「イタリアに行くことは決めたけど」
「ン?」
「どのくらいの期間行くの?」
「ah……」

 拓人が、顎をさすりながら考えるように上を向く。

「それは、決まっていない。じゃあ、お前がモデルとしての地位を確立したら、凱旋というのはどうだ?」
「なるほど」

 コーヒーをすすりながら、目の前のパスタをフォークに絡める。拓人が、ファミレスのくせに美味いと友人から聞いて行きたくなったらしく、サイゼリヤに来ている。たしかにこの値段でこの味にはなかなかお目にかかれないだろう。

「たしかになかなか美味いな」
「え、まだ食べるの」

 ミラノにはこんなものないぞと言いつつドリアをぺろりと平らげた拓人が、メニューを物色して、店員を呼んで新たにピザを注文している。

「あれくらい、前菜だ」
「イタリア人って燃費悪いな……」
「ネンピ?」
「いい、なんでもない」
「それは美味いのか?」

 拓人が、俺が食べているミートソースを指差す。皿を差し出すと、自分のフォークで一巻きして口に運ぶ。咀嚼しながら頷く。

「まあ、俺のmammaには負けるが、なかなかだな」
「マンマ?」
「母親のことだ」
「ふうん」

 じゃあ普段マンマミーアと叫んでいたのは、つまり……。

「マンマミーアのミーアって何」
「俺の、という意味だ」
「へー」

 つまり、俺の母ちゃん! とイタリア人は嘆くわけだ。オーマイゴッドの代わりに。母ちゃんどんだけ強いんだ。

「イタリアではお母さんって強いの?」
「強いも何も、うちの父親さえmammaには逆らわないさ」
「ふーん。カカア天下か」
「なんだそれは」
「亭主関白の逆だよ」
「それは、なんだ?」
「だからさ、つまりどっちが強いかって話」
「ハ?」
「もういい。なんでもない」

 変なところで日本語を知らないから困る。こういうときに拓人がある意味で外国人なんだということを実感する。国籍も名前も日本なのだけど。だから、拓人にとって今回イタリアに帰るということは、本当は帰るではなく行く、ということになるわけだ。イタリアに住んでいた時間のほうが長いので、微妙なところだが。