嘘に優しさなんかない
06

『あと三ヶ月しか、比奈の恋人でいられない』
「ねえ、先輩」
『ごめんね、勝手に何もかも決めちゃって。わがままは俺のほうだよね』
「先輩」
『あと三ヶ月、どんなわがままでも聞いてあげる。旅行したり、またシーパラ行ってもいいし、お泊りとか』
「そんなの聞きたくない! 先輩はどこにも行っちゃ駄目! ずっと比奈と一緒がいいの!」
『……ありがとう』
「わがまま聞いてくれるって言った!」
『……ごめんね……それだけは、聞けない……』
「先輩のお馬鹿!」
『うん、馬鹿で、ごめん……』

 声を出せないでぼんやりしているうちに、通話は切られていた。あたしは、ピンクの携帯電話を耳から離してそれをじっと見つめる。
 さっきまで先輩とお喋りしていた。あたしと別れてイタリアに行くと言っていた。ごめんねと何度も聞いた。
 「ごめん」なんていらない。ただ一言「嘘だよ」と言ってくれればあたしはそれでよかったのに。いつもみたいに先輩に甘えられたのに。

「比奈」
「……ふっ、」
「……比奈」
「ひくっ、んんっ」

 涙がこらえきれずに何粒か落ちた。必死で泣き止もうとすればするほど止まることはなくて、頬が濡れ服にシミを作った。
 お兄ちゃんがゆっくりあたしを抱きしめて、お兄ちゃんの胸にあたしの頭がくるようにして頭を撫でてくれる。心地いい。でも、今そうしてほしいのはお兄ちゃんじゃない。
 嘘だよ、本気にした?
 あの一人掛けの狭いソファに二人で座って、笑いながら頬をつついて、どこにも行かないよずっと比奈のそばにいるよ、そう言ってほしい。穏やかに、あの青い瞳を歪ませて抱きしめてほしい。
 でも、先輩はきっと、そんなことしてくれない。