嘘に優しさなんかない
05

 最近比奈ちゃんが塞ぎ込んでいる。何か考えているのか難しい顔で下を向いていたと思うと、ぽろりと涙を一粒こぼしてみたりしている。
 当然、そんな比奈ちゃんを傍観しているはずはない。ソファに座り込んでちんまりとしている比奈の隣に座り、髪を撫でる。

「比奈、どした?」
「……お兄ちゃんは、もしあーちんがどっか遠くに行っちゃったら、どおする?」
「亜美が? 行かないよ、うちの嫁だもんよ」
「もしもだよ」
「もしもかぁ……そうだなぁ、帰ってくるのを待つしかできないよなぁ……もしかして、桐生のことか?」
「……」

 弱々しく頭を垂れて、小さく比奈ちゃんは頷いた。

「どこか、行くのか?」
「……イタリア」
「は?」

 聞き慣れない単語が出てきて思わず口をついて出たのは、は、なんていう間抜けな言葉だった。

「イタリア、卒業したら、イタリア」
「何、どゆこと」
「強くなりたいんだって」
「はぁ?」

 桐生の野郎が、イタリアに? 比奈ちゃんを置いて?

「ずっとか?」
「帰ってくるってゆったけど、いつになるかは分からないって」
「……」

 そんな無責任な話があってたまるか!
 うちの比奈ちゃんを傷物にしたいだけしといて、比奈ちゃんをほっぽってイタリアだと? 冗談じゃない。

「ちょっと桐生に抗議するから呼び出しな」
「う、うん……」

 素直に携帯を渡した比奈ちゃんの、泣き出しそうに歪んだ瞳のまわりをそっと撫で、俺は携帯を耳に当てる。数回のコール音ののち、ぶちっと通話がはじまった音がする。

『……比奈?』

 憔悴しきったような声で、搾り出すようにうかがうように桐生が比奈ちゃんの名前を呼ぶ。

「残念だったな、俺だ」
『あ、っと、お兄さん……』
「どういうつもりだお前」
『……』
「比奈置いてイタリア行くだと? 冗談もほどほどにしろ」
『冗談では……』
「なおさらタチが悪い。比奈のことどうするつもりだ、落とし前ちゃんとつけれるんだろうなあ、ああ?」
『……比奈とは、別れようと思ってます』
「ふざけんなよお前、散々うちの比奈ちゃん振り回しといて最後には自分の都合で外国行くから別れるだと!? 落とし前のおの字もつけられてねぇじゃねぇか! 比奈の気持ちは無視か!?」
「……別れる?」

 ふと、比奈ちゃんが顔を上げて、俺の手から携帯を奪う。

「別れるって何!? 先輩そんなことゆわなかった!」
『……ごめん』
「嘘でしょ? ねえ、嘘ですよね?」
『ごめん』
「……本当に?」

 比奈ちゃんの口から、呆然と言葉が押し出されるようにあふれた。