嘘に優しさなんかない
04

「ちゃんと作ってきてるだけ、比奈は強いですよね」
「うん……」

 開けてみると、ご飯の上にハート型の海苔はないし、おかずもどことなく適当感が漂う。手を抜いた、と言うより抜かざるを得なかったのだろう。比奈の心境を思うと、胸が痛い。いったい、どんな気持ちでこの弁当を作ってくれたのか。
 から揚げを咀嚼していると、隣に梨乃ちゃんが座り込んできて、ため息をついた。

「先輩がいなくなってもあたしは困らないけど、拓人さんがいなくなるのは、ちょっときついな……」
「……高城クンとすぐ別れちゃって、拓人のセフレに逆戻り?」
「平たく言えばですけどね。高城先輩、優しかったしあたしだけを見てくれたし、でも……やっぱ、人の心って隠し通せないですよね」
「拓人が梨乃ちゃんだけ見てくれるんなら、高城クンより最高の彼氏だよね」
「そりゃあね。でも現実はそうじゃない」
「当たって砕けてみれば? どうせあと三ヶ月しかいないんだ」
「あたし以外の女と寝るのはやめてって?」
「うん」
「言うだけ無駄。しかも本人、ばれてないと思ってるから余計に嫌」
「あんだけ女物の香水の匂いさせて、ばれてないと思ってたんだ」
「でしょう?」
「でも、あと三ヶ月だよ」
「……先輩も、あと三ヶ月ですよ」
「……うん」

 お互い視線を絡ませて、見つめ合う。諦めたようにため息をついて目を伏せた梨乃ちゃんが、砕けてみるか、とぼやいた。
 俺は、この弁当箱をどうやって比奈に返そうか、梨乃ちゃんを介して渡してもらおうか、なんて甘ったれた考えを押しやって、立ち上がった。

「先輩?」
「弁当箱、返しに行って来る」
「がんばってくださいね」
「うん……」

 屋上のドアを開けて、二年生の教室があるほうへ歩いていく。気分は重い。
 あの、俺の部屋での告白以来、比奈とは顔を合わせていない。とは言え、それは昨日のことなのだけど。
 昨日、散々泣いて俺を責めた比奈は、弾かれたように立ち上がり俺の部屋をあとにした。あの泣き顔が頭に貼り付いて忘れられない。泣かせた、な……とぼんやり、悲しかった。

「……比奈」
「……」

 比奈のクラスに着くと、彼女は両腕を組んでそこに顔を埋めていた。一見眠っているように見えるが、きっとそうではない。

「弁当、ありがとう。美味しかった」
「……」
「昨日」
「いや!」
「ッ」

 勢いよく顔を上げた比奈の目は、黒々と濡れ光っていた。がたっと椅子から立ち上がり、俺の服を掴む。

「いやなの! 先輩はどこにも行かないの!」
「比奈……」

 クラスにいた連中が、何事かとこちらを眺めながらざわざわと言い出した。それを気にせずわんわん泣き始めた比奈をなだめようと手のひらでチョコレート色の髪の毛を撫でると、今度は震えながらひくりと引きつるような嗚咽を漏らし、椅子に座り込んだ。
 ここが教室でなかったら、痛いほどに抱きしめたい。嘘だよ、俺はどこにも行かないよ。そう言ってあげたい。
でも、できない。できないんだ。
 嘘に優しさなんて、ない。