嘘に優しさなんかない
01

「えっ!?」

 目の前の少女が、もともと真ん丸だった瞳をさらに丸くして、俺を凝視する。黒目がちの小動物のような瞳に、意味もなくたじろいだ。

「なんで帰っちゃうですか?」
「もともと、去年の春には帰る予定だったんだ」
「なんで一年も先延ばしにしたですか?」
「ちょっとした事情でな。詳しいことは本人が話すさ、きっと」
「本人?」

 首をかしげたヒナの胸元には、細身のリングがチェーンを通してきらめいている。
 先日パスポートを取得したという尚人に、卒業したら日本を出ると告げた。動揺したように動く青い瞳は、最終的に伏せられて、首は縦に振られた。ヒナに言ったのかと聞けばまだだと言うので、早めに言っておけと釘を刺しておいた。

「寂しくなるです……」
「俺もだ。リノと仲良くやるんだぞ」
「はい!」

 頭を撫でると、くすぐったそうに笑って、しかし少し寂しげに目を伏せた。不謹慎だが、俺がいなくなることを悲しんでくれるのは、嬉しい。

「出発はいつですか?」
「そうだな……ヒナたちが春休みに入ってからにしよう」
「じゃあ、あと三ヶ月くらいですね」
「そうだな」
「寂しいよぅ……」

 はやくも目に涙を浮かべたヒナがめそめそと言う。頭を撫でていた手をヒナの脇に通して持ち上げて、軽く抱擁をする。

「またGiapponeに帰ってくる予定なんだ。寂しくなんかないさ」
「ほんとですか?」
「ああ、約束する」
「どうでもいいけど二人とも紅茶入ったよ」
「ああ、Grazie」
「ミルクティー!」

 右手にティーポット、左手に三つのカップを持ったヒサトが、所在なさげに立ち尽くしている。テーブルにそれを置いて、俺が床に降ろしてやると、ヒナは牛乳を取りに冷蔵庫へ向かった。

「いつ言うつもりなんだ」
「……」

 紅茶を注ぎながら尋ねると、ヒサトは押し黙って下を向いた。

「……今日、拓人が帰ったら
、言うよ」
「本当だな?」
「うん」

 顔を上げたヒサトは、まだ目を移ろわせていたけれど、細い首はぶれていなかった。そこに意志の強さを感じ、少し安心する。
 牛乳のパックを持ってきたヒナのカップに紅茶を注いでやり、俺は自分の分を少しすすった。これを飲んだらゆっくり歩いて帰ろう。