雨の日の魚と猫と天使
09

 梅雨の真っ最中である。
 むしむしと不愉快な空気がまとわりついて、髪の毛がいまいちまとまってくれない、嫌な季節だ。
 髪の毛がまとまらないなんてことは、女の子からすればうっとうしいことこの上ない時期だと思うけど、どうやらこの子は違うようだ。

「……金魚になったみたい」
「……なるほど」

 図書室の窓際の席に座って、両頬杖をつきぼんやりと外を眺めながら、彼女は呟く。
 音もなく窓を伝う雨粒が、視界を濁らせている。
 先週まで、肩につくか否かの長さで踊っていた飴色の髪の毛は、赤いギンガムチェックのシュシュで結わえられている。さらりとしたサテン素材のシュシュからはみ出た髪の毛が、ピコンと主張するのが可愛らしい。

「比奈ちゃんは、雨、好き?」
「好きですよー。傘が差せるじゃないですかぁ」
「ふーん、そっか」

 俺には全く分からない価値観だ。俺は、引きずる制服のズボンの裾が濡れるのも、髪の毛がうねるのも、昔のことを思い出して陰鬱な気分になるのも、好きじゃないから。

「今日は、比奈はおにゅーの傘なんですよ!」
「どんな?」
「じゃーん!」

 本、言わば紙の山がうずたかく積まれているこの図書室に、湿気のある使用済みの傘なんて持ち込んでいいのだろうか。そんな俺の疑問など露知らず、比奈ちゃんは脇に置いた荷物のかたまりから、赤っぽい傘を取り出した。

「赤、と……白?」
「広げたら可愛いんですよ!」
「相沢さん、広げたらだめよー」
「……はーい」

 今まさに、傘を開こうとした比奈ちゃんの背中に、小枝ちゃんのお小言が飛ぶ。

「今日は雨だし、人の入りも悪いから、相沢さん、もう帰っていいよ」
「えっ、いいんですかー」
「うん。気をつけて帰りなね」

 くれぐれも寄り道して水溜りに頭から突っ込んだりしないように、という謎の忠告を、比奈ちゃんは素直に聞いて、律儀に深々とお辞儀をして図書室を後にした。

「先輩、それではさようなら!」
「うん、ばいばい」
「ん? 桐生君は帰らないの?」
「ああ、俺は、人待ってて」