雨の日の魚と猫と天使
08

「ねえ」
「……なんですか?」

 情事後の、少しこもった空気の安っぽい室内。俺は、ベッドに腰掛けてミネラルウォーターのペットボトルに口をつけながら、まりちゃんに問う。
 のろのろと体を起こして、まりちゃんがこちらを流し見た。

「たとえばさ、大きな穴があるとするじゃん」
「……?」
「その穴はさ、あると厄介なの。自分の家の庭に落とし穴があるみたいなね」
「はあ……」
「まりちゃんはさ、その穴をどうする?」
「……ホームセンターで土買ってきて、埋めて花の種を蒔きます」
「……なるほど」
「なんかの心理テストですか?」
「いや。穴開いちゃったんだけど、どうしよっかな、って思って」
「ふーん……」

 花、か……。頭に花の咲いてそうな子ならいるんだけどな。代用してはいけないだろうな、保護者が黙っちゃいない。
 背中にシーツをかけて、肘で顎を支え不思議そうに俺を見るまりちゃんに、飲みかけのペットボトルを渡す。

「ねぇ、先輩」
「ん?」
「……」
「……若い子は体力あるなぁ」
「うわっ、オジサンっぽい」
「ごめんね不甲斐なくて」

 仰向けになりこちらに手を伸ばしたまりちゃんが、くすくすと俺の言葉に笑った。
 ラブホテルの安っぽい照明が彼女の濡れた目を揺らし、俺の顔には自然と笑みが貼り付いた。
 むなしくても、歯がゆくても悲しくても、笑うことならこうも簡単にできるのに、泣くことができないでいて、でも何のために泣きたいのかもよく分からなくて。
 目の前のあたたかい身体に噛みついて、俺は何かを忘れたいみたいに目を閉じた。