抱きしめたかったのだ
09

 愛情と手間の詰まった弁当を咀嚼していると、比奈がそういえば、と思い出したように呟いた。

「梨乃、委員会の先輩とお付き合いはじめたらしいですよ」
「え、それほんと?」
「昨日も、先輩が来る前に迎えに来て、一緒に帰ったです」

 そういえば昨日比奈を迎えに行ったとき、いつもならいるはずの人間がいないな、と珍しく思ったが、そういう背景があったのか。

「梨乃ちゃんがそう言ったの?」
「はい! たた、た……ナントカ先輩と付き合うことにしたって。拓人さんなんかもう知らねー! ……って言ってたですよ」

 相手の名前は覚えていないらしい。ほぉ、拓人という上玉と何かありつつ、そちらを選ばず堅実に相手を選んだわけだ。実に彼女らしい。拓人にしてみれば、彼女だと思っていた梨乃ちゃんが突然身を翻して別の男と、なんてこと、考えられないに違いない。オーマンマミーア! なんて言うだろう。
 相手は誰だろうな、先輩ってことは俺の学年か、どんな奴だろう。さて、知った拓人はどう動くかな。

「拓人さんはー優しいからー、拓人さんと付き合ったら梨乃きっとよかったのにぃ」
「比奈には分からないかもしれないけど、拓人はある面では最低なんだよ」
「そうなんですか?」
「女関係がね。ごちゃごちゃ」
「女関係……」

 首をかしげた比奈に、分かりやすく説明してやる。

「比奈は、俺以外の男に触られるの平気?」
「お兄ちゃんと、たっくんとしょうちゃんと拓人さんなら平気!」
「その触るじゃなくって……だから、性的にね」
「せ、せせせいてき……」
「俺は、比奈以外の女の子に性的な目的で触るつもりはないよ」
「触ったら浮気だよ!」
「よく知ってるね。拓人は、梨乃ちゃんがいても他の女の子に性的な目的で触れちゃうんだよ」
「な、なんですと!」
「比奈の言うとおり、浮気なんですよ」
「だから梨乃あんなに怒ってたですねー」
「まあそういうことになるかな」