抱きしめたかったのだ
04

 ため息をついて、拓人さんのことを考える。
 どうして好きになんかなってしまったんだろう、あんな浮気男。もっと慎重になるべきだったのだ。どうして誘われてほいほい寝て、しかも好きになんて……。

「……不毛すぎる……」
「え? なんかゆった?」
「何も」

 不毛にもほどがある。どうやったらあたしひとりに奴の興味を留めておけるのか真剣に考えている自分が情けない。そんなことできるわけもないのに。あの人の浮つき癖はもう病気だ。

「比奈ぁ」
「あ、先輩!」
「ご飯一緒に食べよ」
「はあい! あ、梨乃も一緒!」
「あたしは別に……」

 いい、と断りかけたところに、先輩の後ろからにょきっと顔を出した男があたしを呼ぶ。

「池田、今ちょっと平気?」
「あ、はい。そういうわけだし、ふたりでご飯してきなよ」
「えっ、うんー、分かった」

 男は、委員会の先輩で、高城さんという。高城先輩は、のんびりしていて優しいためか、誰からも彼の悪口を聞いたことがない。
 委員会のことかと思いついていくと、人気のなくなった廊下で先輩は立ち止まった。

「い、池田」
「はい」
「その、今付き合ってる男とか、いる?」
「いませんけど……」

 あれ、まさか。

「じゃあ、好きな奴は」
「……一応」
「あの、俺、池田が、好きだ……」
「……」

 顔を真っ赤にして、高城先輩はあたしの目をまっすぐ見て呟く。
 最近、告白されることが急に増えた。なぜかは分からないが、三年生からばかりなので、受験に本腰入れる前になんとか、という思いもあるのだろうか。
 黙っていると、苦笑いした高城先輩が呟く。

「池田の好きな奴って、誰?」
「えーと……」
「俺、池田に好きになってもらえるように努力する。その好きな奴とは、付き合えそうなの?」
「いやあ……無理でしょうね」
「じゃあ、俺のこと少しでいいから、考えてくれないかな」
「はあ」
「それじゃ、また委員会で」
「はい」

 ぱたぱたと去っていく高城先輩の後ろ姿を見つめながら、もっと自分につり合う恋愛をすればいいのか、と思う。たとえばそう、高城先輩と付き合うとか。それなら、背伸びをしなくてもいいし、きっと一途だから他の女のことでいちいち嫉妬しなくてもいい。
 そうだよ。それ、すごくいいじゃん。

「よし」

 次に高城先輩に会ったら、オーケーしよう。そして拓人さんとは関係を切るんだ。そうしよう。
 あんな奴にいつまでもかまけていたら、あたしの青春は終わってしまう。