抱きしめたかったのだ
02

「ヒナ、飲むか?」
「う、飲む!」

 拓人からカップを受け取り、タマの視線を一身に集めつつ、比奈はカップに口をつけた。瞬間、ちょっと顔が歪んだ。

「にっ苦い!」
「おや? けっこうlatteを入れたつもりだったんだが」
「お砂糖も入れてよーぅ」
「まったく困ったお姫様だ」
「だって比奈白雪姫だもーん」
「ハハハ、なんだいそれは」

 比奈のカップにシュガースティックを傾け、拓人は笑いながら先を促す。この間俺に言っていたような内容のことを話しながら、砂糖もたっぷり入ったコーヒーを一口飲んだ比奈が、梨乃ちゃんが髪型を変えたことを身振り手振りで拓人に説明する。

「ああ、知っているよ、金色のcaschettaになっていたな」
「あれ? 会ったですか?」
「俺に見せに来たんだ。宣戦布告というやつだな」
「宣戦布告?」

 気になって口を挟むと、拓人ががしがしと頭をかいて苦笑いした。

「あなたの思い通りになんてならない、だそうだ」
「なあにそれ?」
「お前梨乃ちゃんに何かしたの」
「それは……まあ、いいじゃないか。そんなことよりヒサト、さっきの話だが」
「ストップ。その話はあとにして」
「……ああ、分かった」

 ちらりと比奈に目をやって、拓人は納得したように首をかしげた。それから、タマの頭をするりと撫でて抱き上げる。

「思い通りにならないほうが、楽しいさ」
「梨乃、どしたですか?」
「いや、まあ、見解の相違、と言ったところだな」
「意味分かんないんだけど」
「要するに、俺の気持ちは伝わっていなかったというわけだ」
「気持ち?」
「梨乃ちゃんのこと好きなの?」
「当たり前だろう。恋人同士なのだから」
「えっ」
「嘘」

 思わず、嘘、と声を出してしまった。何かがあったな、とは思っていたものの、まさか付き合っていたなんて予想外だ。

「嘘なものか。リノに聞いてみればいい」
「ふーん。比奈、全然知らなかったよ。梨乃なんにも言わないもん」
「たしかに。俺も聞いてないな」
「親友にはそういうことお喋りするんじゃないの?」

 比奈がしょんと眉を下げて呟いた。どうやら、秘密にされていたことにショックを受けたようだ。その頭をくしゃくしゃと撫でて慰めるも、比奈は拗ねてしまったようで、拓人を睨む。

「拓人さんのおばか!」
「どうして俺が文句を言われなくてはいけないんだ」
「ばーか」
「ヒサト……」

 便乗して言うと、呆れたような顔をされた。
 比奈を見て、またイタリアに行くという決意が鈍ってしまったような気がして、俺はふるふると首を横に振る。人の心、こと俺の心はあまりにも弱い。