抱きしめたかったのだ
01

「……俺、イタリアに行こうかと思う」
「ハ? なんだって?」
「だから、イタリアでモデルを目指そうと思う」
「……本気で言っているのか?」
「冗談でこんなこと言わないよ」

 いつものように部屋に遊びに来た拓人に、決意したことを告げる。最初驚きに染まっていた顔が、訝るように少し歪んだ。

「何か、あったのか?」
「何も……ただ、このままじゃいけないって思っただけだ」
「このまま?」
「比奈に依存して、甘えて、幸せを感じて、……母さんに申し訳ないよ。許さないって言われたくせに図々しいよね」
「……あのな、こういう言い方はしたくないが」

 コーヒーを一口すすって拓人が再び口を開く。

「お前の母親はもう天国にいる。死んでいるんだ。申し訳ないとか、図々しいとか、そんな考え方をする必要はない」
「死んでるからこそ、だよ」
「……?」

 拓人に分かってもらおうなんて思わない。これは俺が抱えた罪と罰で、彼にはまったく関係がない。拓人には太陽の下で笑う生き方が似合ってるのと同じで、俺は暗いところで罪を購う生き方が相応しいだけの話だ。
 死んでいるからこそ、母さんに申し訳ない。許してもらいたくても死んでいるから許してもらえない。許してもらおうなんて思っていない。俺が生まれた瞬間から、俺の罪ははじまっているのだから。

「イタリアに行くなら、ヒナはどうする?」
「……別れる、と思う」
「……」
「遠距離は、きついし、比奈に甘えるのをやめてイタリアに行くのに、逃げ道なんか作ったら駄目だ」
「人間、逃げ道がないと生きるのはつらい」
「つらくていいんだ。罪を償って生きていくんだから」
「だから……」

 拓人が何か言いかけたとき、部屋のチャイムが鳴った。
 チェーンをかけたままドアを開けると、比奈が立っていた。ドアを閉じてチェーンを外して迎え入れる。

「あ、拓人さんこんにちは!」
「ciao,bella」

 拓人が立ち上がって、キッチンへ向かう。残りのコーヒーに牛乳を入れに行ったんだろう。

「今日、何か約束してたっけ?」
「ううん。……お約束ないと、来ちゃだめ?」
「いや、全然。来てもいいよ」
「お邪魔しまあす」

 ぽいぽいとブーツを脱いで、比奈が廊下を一直線に走る。

「タマぁ!」

 にゃんと鳴いたタマが、比奈の足元に擦り寄る。それを抱き上げて、比奈はこれでもかというくらいに頬擦りした。