小さい人と欲しいもの
10
「兄弟にならないか?」
「は?」
休日、拓人がやってきて、タマのフードの封を切っている俺の横でコーヒーを淹れながら、唐突にそう言った。
「どういう意味?」
「ルカの養子になるのが嫌なら、俺の家族にならないか?」
「なんで」
「お前のことが心配なんだ」
「それがどうして兄弟になるんだよ」
「最大の妥協案だ。ルカの養子が嫌ならせめて」
ため息をついてタマの背を撫でながら、兄弟ね、と口にする。
「今すぐじゃなくてもいい。考えておいてくれ」
ふたつのコーヒーカップを持って、拓人がそれをローテーブルに置く。
「どうして急に?」
「急にじゃないさ。ユウトに除籍するって言われたんだろう? それを聞いてからずっと考えていたんだ」
ルカの養子になりたくないなら、俺の兄弟になればいいと。
「除籍されたら、お前はひとりになってしまう」
「いいよ、ひとりで」
同情のようなその言葉に、俺は思わず吐き捨てる。
ひとり? 上等だ。もとよりひとりぼっちだったんだ。今更籍を抜こうが入れようが、ひとりには変わりない。中途半端にいたずらに籍を動かして、俺はふらふらと浮遊しながらひとりを噛みしめるのだ。
ひとりでいいんだ。ひとりで、暗いあの場所で生きていくのが俺の人生なんだ。だから、いつかは比奈も手放さなくてはいけない。あの暗い場所に彼女は引き込めない。俺はずっと、罪を購って生きていく。
「……俺は、ずっとひとりだった。今更除籍されてほんとうにひとりになろうが、変わりないよ」
「ヒサト」
「俺は、幸せになっちゃいけないんだ」
幸せ。比奈がいることで得られる幸福や、後輩とのやり取りや拓人のおせっかい。どれも、望んではいけないものだったのに。どうして一度でも手に入れてしまったのだろう。手放せなくなっている。
許されない。ぬるま湯につかることは許されない。
お願いだから俺をひとりにしておいてくれ。そのほうが楽だ。罰を背負って生きていくのが俺の人生なのだ。
じゅうぶん、夢は見た。もう目覚めなくてはいけない。
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