小さい人と欲しいもの
09

「それ、プロポーズ?」
「ち、違います! 恥ずかしいこと言わないで!」
「俺のほうが恥ずかしいよ」

 比奈が、指の隙間から俺の顔を見て、先輩顔真っ赤だ、と呟く。

「比奈もでしょ」
「比奈はいいんだもん」
「俺が赤くなったらいけないの」
「だって、恥ずかしいじゃん……」

 よく分からないが、俺が照れるとますます照れるらしい。なんだか涙が出そうになって、慌てて口元を手で覆い隠した。咳払いをして、潤んだ目元をごまかす。
 そして、話をもとに戻そうと、一つ前に話していたことを思い出そうと視線を上にやった。

「あー、文化祭のことだけどさ」
「う、はい」
「比奈が白雪姫だと、誰が王子役をやるの?」
「え?」
「キスシーンあるじゃん……」
「えと、王子様は梨乃がやるですよ」
「……マジで?」
「なんで?」
「比奈と梨乃ちゃんがキスするの?」
「しないですよ。フリだけ!」
「なんだ……」

 頬の熱が引いたのか、比奈は両手を顔から離して、それを口元にやりくすくすと笑った。

「先輩、今日お休みだから知らないと思うけど、梨乃、髪切ったですよ」
「王子様仕様に?」
「うーん、そうかも。こんくらいで、金髪にしたの。ふわふわのボブ」

 こんくらい、と自分の顎あたりを指した比奈が、可愛かったと呟く。

「まさしく王子様だね」
「もともと切りたくて、ちょうどよかったって」
「ふうん」
「比奈はカツラなんですよ」
「でも、白雪姫って黒髪のボブじゃない?」
「それは……違うんですよ」
「違うの?」
「違いますよお。オリジナル白雪姫なんですよお」
「へえ……観に行くよ」
「はい!」

 白雪姫の比奈、か。さぞかし愛くるしいんだろう。この世にこんなにフリルやピンクが似合う子はそうそういないからな、うん。
 いかにもお姫様、な衣装を身にまとった比奈を想像して、思わずにやりと頬が上がる。

「先輩、何笑ってるですか?」
「なんでもないよ」

 笑いながら、ふと思った。
 この日にこんなに笑ったことなんて、なかったな。
 俺は一日中あそこにいて、母さんと会話をしながら、誰かを待っていた。誰かって、それはたとえば絶対に来るはずのない父さんやルカ、もしくは母さんその人だったかもしれない。
 今日は違う。俺は今こうして電車に乗り、比奈ときちんとお喋りをして、ここにいる。驚異的なことだ。
 母さんは絶対に俺を許さない。俺は許されない。けれど、こうして比奈という人間に許されてここにいる。
 俺は苦しんで死んでいった母さんを置き去りにして、比奈という幸せをむさぼっている。許されない。けれど、いったん浸かったぬるま湯は、出るのにひどく勇気がいる。
 勇気はまだ、出ない。