小さい人と欲しいもの
04

 昨夜降った雨が空気を冷やしている。十月の頭、三日。母さんの命日まであと十三日。
 きれいな赤のドレスを着た亜美さんと、隣で照れくさそうに笑うスーツ姿のお兄さん。挨拶も済まし、比奈はバイキングのケーキに夢中だ。
 拓人に借りたカジュアルなジャケットと細身のパンツが俺の身体を締め付ける。彼の立場――とは言っても、彼は決まった職業を持っているわけではないので立場というかコネだ――をフル活用して俺に合った、ほとんどオーダーメイドに近いものだ。こういうかっちりした格好は慣れていない。

「うまー!」
「よかったね」
「先輩も、あーん」
「あー」

 ホイップたっぷりのプリンをぐいっと出され、背を曲げてそれを口に入れる。甘い、甘すぎる。
 ピピッ、と音がして振り返ると、亜美さんがしてやったりという顔でデジカメを構えていた。

「ラブラブキャッチー」
「あーちん!」

 あっという間に顔を真っ赤に染めた比奈が抗議する。ケラケラと笑って今度はきちんと俺と比奈にピントを合わせた。

「はい、いい顔してー」
「亜美さんは入らないんですか?」
「私? いいのいいの!」
「俺が撮りますよ」

 デジカメを受け取って、例のお買取りドレスを着た比奈と、少し酔っ払っているのか頬を赤く染めた亜美さんを画面の中に収めてボタンを押す。

「ありがと」
「いいえ」
「今度は私が撮るの!」

 どうやら写真を撮るのが好きらしい。おとなしく比奈の横に並ぶ。

「あぁん、尚人くん少しかがんでー」
「はいはい」

 比奈が隣でむっとしたのが分かる。俺が普通に立ったのではファインダーに収まりきらないのが分かったらしい。白いパンプスで目一杯背伸びをしているが、無駄な努力だ。微笑ましい限りで、俺がふと笑ったところを撮られた。

「尚人くんみたいなカッコいい義弟ができるなんて亜美幸せ〜」
「あれ完全に酔っ払ってるよね」
「うん。あーちんお酒大好きなの」

 ふわふわと俺たちのもとを離れて、今度は別のカップルにちょっかいをかけている亜美さんを見て、俺は呟く。まるで見当違いな答えが返ってきたが、まあいい。最初から期待していない。
 比奈はまたケーキの物色に向かい、俺はひとりぽつんと壁の花になる。そこへ、酔っ払っているのだろう、顔を赤くして機嫌のよさそうなお兄さんが寄ってきた。

「お前、着るもの着ればサマになるんだな」
「は?」
「いつも腰パンしてるだろ」
「はあ」
「あれはみっともない」
「すいません」
「今日はなかなか男前だぞ」
「ありがとうございます」

 腰パンがマイナスポイントだったのか。それは知らなかった。あれ、でも筋肉も腰パンしているような……思い、会場を見回すと、食いに走っている筋肉を見つけた。いつもよりは洒落た格好をしているが、腰パンだ。

「筋に……高士くんは腰パンでもいいんですか?」
「アイツは比奈の彼氏じゃないからいい」
「なるほど」

 自分を包むスーツを上から眺め、腰に手を置いてため息をつく。こんな窮屈な格好、毎日毎日していられるか。けっ。