小さい人と欲しいもの
03

「比奈、こっちのムースも欲しい……」
「モンブランも欲しいけどトルテも捨てがたいのよねぇ」

 俺は比奈の隣に座って、頬杖をついて経過を見守る。イチゴのチョコレートケーキの他に、ブルーベリーのムースも気になるらしい。

「じゃあ、俺がムース食べるから、半分こしよ」
「はい!」

 キッチンから包丁を持ち出してきた比奈が、チョコレートケーキに、明らかに大小差の激しいラインに包丁を入れた。当然、この四分の一くらいしかないほうが俺のだ。
 ムースも、俺が一口食べたところで、チョコレートを口の端につけて目をキラキラさせる比奈の視線に負け、結局二口しか食べないまま比奈の元へいった。

「尚人くんやっさしー」
「先輩ありがとう!」
「いやいや……」

 優しいというか比奈がいやしんぼなだけというか。
 比奈はさらにお兄さんの分のレアチーズケーキもあーんしてもらっている。

「あ、比奈ちゃん、私またお買取してきたんだ」
「う?」

 フォークを咥えたまま、比奈が亜美さんを見る。がさがさと紙袋をあさる。出てきたのは、フリルがふんだんに使われているピンク色のノースリーブドレスだった。

「かーいい!」
「でしょー。比奈ちゃんに絶対似合うと思って! ね、ね、これ着て結婚式来てよ」
「うん!」

 ところで、お買取とはどういうことか。

「お買取って?」
「あ、申し遅れました。私、スタイリストやってまーす」
「スタイリスト」
「この間の雑誌の撮影で可愛かったからついお買取しちゃった」

 なるほど、スタイリストか。モデルを志しかけている自分としては、遠くない存在だ。
 比奈がレアチーズケーキを食べ終えて、キャミワンピを手に取る。たしかに比奈によく似合いそうだ。天使、って感じ。

「あ、思い出した!」
「え?」
「尚人くんさー、どっかで見たことあるなあって思ってたんだけど、今月号のロッソに出てたでしょ」
「あ、はい」
「やっぱり! ゲンセキ、見たよー。なかなかハマってたね」
「……ありがとうございます」

 頬をかいて、少し照れくさい気持ちになっていると、お兄さんが仏頂面でため息をついた。

「モデルは浮き沈みが激しい職業だからなぁ……これからも比奈と付き合っていくのに、安定した収入がないっていうのがなぁ……」

 はるか未来の話……ではないか、もう半年もしたら俺も高校を卒業するし(できるのかって? そこはまあなんとかするつもりではいる)、大学に進む気は毛頭ないので働かなければならない。それは遠い未来の話じゃない、現実として迫ってきていることなのだ。

「尚
人くんなら仕事にあぶれたりしないって。才能あるよ、絶対」

 また出た。才能。絶対。皆口をそろえて才能だカリスマだ、まったくいやになる。俺なんかのどこに才能があるのか。だいたいモデルって才能いるのか、モデルなんて星の数ほどいるじゃないか。

「そんなもんか……?」
「先輩は、モデルさんなるの!」
「比奈はそれでいいの?」
「うん!」
「……お前、成功しなかったら即刻別れてもらうからな」
「……はあ」
「それでは、尚人くんの前途を祝して、乾杯!」
「乾ぱーい!」

 チン、とケーキ皿を合わせて、女性陣が拍手を送る。
 俺はどうしていいか分からずに、むっとした顔のお兄さんを前に虚空を見つめていた。