鍵の隠し場所を知る男
11

 大事な話がある、とヒサトは言った。
 ヒサトの住むアパートに向かいながら、先日のことかな、と思いながら携帯電話を開く。9/12 16:23:56……57……58……59……00。16:24:01。四時半までには着きそうだ。

「the heart is a bloom……」

 歌いながら住宅街を進むと、あっという間にアパートに着いた。インターホンを押してドアを開ける。やめろといつも言われているが、もう癖のようになっている。

「ciao! ヒサト?」
「ああ、入って」

 上半身裸のヒサトが、キッチンから顔を出した。手にしていた黒いTシャツを着ながら奥へ入っていく。そのあとに続くと、掃除中だったのか、いつもより少し散らかっている。雑誌がなおざりに部屋の隅に積まれ、半透明のビニール袋がいくつかある。

「掃除してたから、ちょっと散らかってるけど……まあ座って」
「コーヒーは俺が淹れるよ」
「そう?」

 掃除機をかけはじめたヒサトを尻目にキッチンへ向かうと、ここも鍋や食器が流し台に積まれていて、俺はその中からヤカンを取って水を入れて火にかける。

「なんだって急に掃除なんかしているんだい?」
「え?」
「急に掃除なんてどうしたんだい」

 掃除機の音に負けないように大声で聞きなおすと、ぷしゅん、と掃除機の電源を切ったヒサトが、セーシントーイツ、と意味のよく分からないことを言った。

「掃除してれば他の何も考えなくて済むからね」
「……そうか」

 掃除機かけを再開したヒサトに、思わず肩をすくめて、コーヒー豆とミルを取り出す。シュンシュンと沸いてきたお湯を注ぐと、キッチンにコーヒーの重たい匂いが充満した。頭が少しくらりとする、俺の好きな匂いだ。
 ヒサトのカップと自分のカップに均等に注ぎ、ローテーブルに置く。

「いったん休憩だ」
「あ、うん」

 電源を切った掃除機をその場に残し、ヒサトがソファに座ってカップを取った。ふうと息をかけるばかりで飲む気配がない。少し猫舌気味のヒサトに、淹れたてのコーヒーはハードルが高い。

「それで、大事な話って?」
「ああ、そのことなんだけど」

 言いにくそうに首を傾げたりすくめたりしながら、もたもたと言葉を紡ぐ。

「やっぱり、モデルになろうかと思って」
「サユリのモデルを引き受けてくれるのか?」
「それはない。今、俺にモデルになれって言ってるのは、実は拓人だけじゃなくて、もうひとり、オリプロの人からも声をかけられてるんだ。だから、そっちの話をオーケーしようと思って」
「なんだって?」
「だから、日本でモデルをするってこと」
「イタリアに行く気は?」
「今のところないよ。比奈と離れたくないし」

 またヒナか。依存したくない、と言っていたくせに、離れたくないなんてよく言ったものだ。