鍵の隠し場所を知る男
10

「絶対成功する……ねぇ」
「ふ?」
「ああ、なんでもない」

 シャワーを浴びた比奈が、ぽやぽやと赤い頬で床に座り込み、冷たいココアを飲んでいる。一緒にシャワーを浴びようとしたら恥ずかしいと拒否されたので、俺は一足先にシャワーを浴びて、コーヒーを飲みながら比奈が出てくるのを待っていた。
 ソファに座った俺はちょいちょいと手招きして比奈を足の間に誘う。素直に、うつむいてちょこんと座る。濡れた髪が首筋に張り付いて、さっき出したばかりなのに欲望が少し頭をもたげる。ごまかすように、自分の首にかけていたタオルで比奈の髪を拭く。おとなしくされるがままになっている比奈が、ふいに言った。

「先輩、モデルなるの?」
「え? うーん……」
「芸能人、なるの?」
「……」

 比奈の声が、少しだけ震えた。
 俺は、うまく答えることができずに黙っていた。それを肯定と取ったのか、比奈は「そっか」と言って少し頭を落とした。しょんぼり、という言葉がぴったりの仕草に、疑問に思う。

「俺がモデルになるの、いや?」
「いやじゃないけど……芸能人って、遠い」
「……」

 俺だって遠いと思ったくらいだ。比奈だってそう思うに決まっている。まあ、この子の思考回路はいつも予測できないところに結論を持っていくけれど。最近、少し常識的になってきたと思う。
 さらりと、だいぶ乾いた髪を触って、うなじにキスをする。シャンプーの甘い香りがして、心地いい。ぴくりと跳ねた肩からずり落ちた俺のTシャツを直して言葉を選ぶ。

「……もしも遠くなっても、比奈の近くにずっといるから」
「ほんとう?」
「うん。例えば忙しくて全然会えない日が続いたって、それは普通に働いててもありえることだし、俺はずっと比奈のこと考えてるよ」
「……」
「正直、モデルになろうかと、ちょっと思ってる」
「うん……」
「でも、こんな俺で務まる世界なのか分からない」
「……先輩は、すごくきれいだから、お仕事きっといっぱいあるよ」
「そうならいいんだけど、ありすぎても比奈と会えなくなるから、ほどほどがいいな」
「比奈も!」

 こちらを向いて、目元をくしゃくしゃにして笑いながら、比奈が抱きついてきた。抱きしめ返して、俺は小さく決意した。