鍵の隠し場所を知る男
06

「なんか、陰があるっていうか、アンニュイな雰囲気もいいんだけどさ、あんまり行き過ぎたらただ暗いだけになっちゃうよ」
「俺、根暗で陰気なのがチャームポイントなんですけど」
「あははは」

 真面目に答えると、笑われてしまった。笑うと、えくぼができるんだな……と、足立さんの顔を見ながらぼんやり思う。
 残していたティラミスを食べていると、視線を感じる。足立さんを見ると、笑顔を引っ込めて再び真剣な顔をしている。思わず食べる手が止まる。

「わたしは、真剣にキミに才能があると思ってる。わたしの手でプロデュースしたい」
「……」
「卒業後のことが何も決まってないなら、もっとよく考えて、モデルっていう職業のことを。キミは絶対成功する。わたしが保証する」
「……」
「まずは、十月号の反響を見てからにしようか」
「ああ、はい」

十月号、と銘打っても九月に発行されるから、もうすぐのことだ。素直に頷いて、それもそうかと思う。
 少し肩の荷が降りた気分で、ティラミスに意識を戻す。そういえば、比奈がここのチョコレートケーキが美味しいと言っていたような。
 フォークを口に咥え、ふと前を見る。足立さんが微笑を浮かべて俺を見ている。少し緊張する。

「あの……俺の顔に何か?」
「いや、もう少し太れば完璧だな、と思ってね」
「うぅん……無理かもしれませんね」
「モデルになるなら、キミの場合痩せないように気をつけなきゃいけなくなるよ」
「なるほど」

 痩せるより太ることのほうが難しいと足立さんは言う。体質的に細いと、太ることができないらしい。
 その後、少し世間話をして、足立さんとは別れた。帰り道に考えるのは、拮抗する揺れている感情だ。一人でも立っていられる人間になりたい。比奈にずっと甘えていたい。
 もしも比奈が俺の元を去ったとして、立っていられる自信がない。絶対に崩れる。でも、比奈に甘えて依存してばかりいられない、いや、してはいけないことも分かっている。
 俺は、俺の未来は、どうなるのだろう。
 陽は暮れかけて、何か、暗いものが自分を包み込むような、そんな錯覚に陥る帰り道。少し油断すると、また黒い思考に支配されてしまう。『許さないから』。