雨の日の魚と猫と天使
06

「昨日はー、…………あれ? 携帯がないぞう」
「……」

 内臓をないぞうするぞう、とぼやきながら鞄を漁りはじめる比奈ちゃん。内蔵は生物の標準装備だと思われるのだが。
 しかしまあ、この子はよく携帯を落とす。失くす。壊す。この数週間見ていて思う、これほどまでの携帯への執着心のなさは、ある種神業だと。個人情報のかたまりであることをもう少し意識したほうがいいと思う。ロックをかけるとか、そういう自衛をしたほうがいいと思う。

「…………内臓が、ない……」
「携帯ね」
「どこ行ったんだぁ」
「また落としたんじゃない?」

 梨乃ちゃんがそう言ったあと、ちらっと俺を見る。

「いや、盗ってないよ」
「ほんとに?」
「て言うかなんで俺疑われてんの」
「図書館で比奈の携帯スったじゃないですか」
「スってないし」

 むしろ俺は、比奈ちゃんが落とした携帯を拾ってきちんと保護しておいた、感謝こそされても疑いをかけられるような身分ではない潔白の身なのですが。俺たちのやりとりをよそに、比奈ちゃんは指折り昨日の行動範囲を挙げはじめる。

「えっとー、学校と、屋上と、教室と、職員室と、裏庭と」
「……裏庭じゃない?」
「んっ?」
「だって、昨日比奈ちゃん、鞄あそこで振り回してたじゃん」
「……」

 木魚の効果音にふさわしい顔で、頭を抱えて考えていた比奈ちゃんが目を輝かせる。ぽく、ぽく、ぽく、ちーん!

「じゃあ昼休み取りに行きます!」
「今行けば」

 いいじゃん、と続けようとした俺を、予鈴のチャイムが遮る。俺にとってはどうってことのないそれも、彼女たちからすれば重要な音だったらしく、ホームルームが始まってしまう、とお互いに急かしあいながら、ふたりの背中は小さくなっていった。
 今日の一限目はなんだったっけ、ああそうだ数学。
 思い出した途端憂鬱になってしまった俺は、踵を返して裏庭へと向かった。