雨の日の魚と猫と天使
05
次の日の朝、空はどんよりと不機嫌そうに薄暗い雲が垂れ込めていた。
昨日は、結局誰かを探す気力もなくて、久しぶりに家で寝た。一人の夜に目を閉じて、浮かぶのは昔の情景ばかりで、結局薬に頼ってしまったのだが。できることなら、薬を使いたくはないのだけど、自分一人で熟睡できる自信はこれっぽっちもなかった。
最近はずっと天気予報が外れてばかりで、今こうして曇っていても、いつ雨が降るかは分からない。黒いこうもり傘を腕に引っ掛けて、玄関に施錠する。
マンションの狭いコンクリートの廊下に、小さく響いた鍵の音を聞きながら、今日もくだらなさすぎて笑える一日が始まるんだと、考えるのが毎朝のことで、それでも最近は、昔馴染みの後輩やその友達との昼食が、密かに楽しかったりしていたのだけど。
昨日、のことが、どうしても頭に引っかかるせいで、今日はそんな高揚感もない。
俺は、ローファーの靴音を立てながら、比奈ちゃんが朝いつもの笑顔を見せてくれることを、小さく祈った。
「あ、おはよござます!」
「……おはよ」
なんと呆気ないことか。
下駄箱の前で靴を履き替えていると、後ろから特徴的な――何と言うか、高いくせに絶妙に芯があって硬い、耳に残る、たぶん俗に言うアニメ声ってやつ――声がした。(アニメ、見たことないけど)
振り返るとやっぱりあの子だった。
「先輩寝癖ついてますよー」
「あ、マジ?」
反射的に頭に手をやってから、ふっと比奈ちゃんの顔を見ると、にこにこと笑っていた。杞憂だったかな、と思うほどに、いつもの悲しいことなんて何一つないんだと言うような笑顔。破顔、という言葉がぴったりのそれ。
「比奈、おはよー」
「あっ、おはよっ!」
「んっ、先輩もおはよー」
「先輩は敬え。おはよう」
敬う価値もねぇ、と落とし込むように呟いたのは、もういつものことなので突っかかることもしない。
梨乃ちゃんは、比奈昨日電話したのに何で出なかったの、と文句を垂れながら靴を履き替えている。