鍵の隠し場所を知る男
03

 もうじき夏休みも終わる。しかし、多すぎる補習のせいでいまひとつ楽しめなかったのは気のせいか、いや気のせいじゃない。
 三年生なのだ。受験生なのだ。俺は大学なんか行く気もないが、普段の態度や成績のおかげで留年しそうなので、補習を受けている。それはあゆむも純太も同じだ。ちなみに、あの成績優秀な比奈と梨乃ちゃんは、自主的に補習を受けている。学生の鑑だ。
 まあ、そのおかげで比奈と一緒に帰ってそのまま俺の家コースに持っていけるのだが。

「先ぱぁい」
「ん」

 正門に背を預けて待っていると、比奈が小走りにやってきた。その後ろを、他の友人とのんびり、梨乃ちゃんが歩いている。夏休みが始まる前あたりから、梨乃ちゃんは遠慮するように他の友達と帰るようになっていた。別に遠慮することなんてないのだが。

「梨乃ーばいばぁーい!」
「ばいばい」

 ゆらゆらと手を振った梨乃ちゃんを背後に、駅とは反対方向に歩き出す。俺の住むアパートは学校からは近いが駅からは少し遠い。俺の家から駅に近い比奈のマンションに行くには、一度学校の前を通り過ぎなければならない。
 手をつないで、アパートまでの短い時間を他愛ない世間話で潰す。今日は補習中教室に、猫が乱入してきたそうだ。比奈が言うには、先日穴場に連れて行ってくれた猫だったそうだ。猫が苦手な(と言うか潔癖で動物が好きじゃない)化学教師のおかげで授業は一時中断、比奈は一目散に駆けていって猫を抱き上げ頬擦りしたそうだ。そして名残惜しくも比奈は猫を抱えて昇降口まで降りて、猫を外に逃がしてきたのだとか。

「もう学校が飼ってると言っても過言じゃないね」
「ですよね! たぶん、誰かがお昼ご飯とかあげてるんですよ!」
「白い猫?」
「え、はい。見たことあるですか?」
「たまに中庭の隅にいるよね」
「そうなんです!」

 嬉々とした顔で比奈がその猫の魅力を語る。猫ちゃん、という響きに一年前のことを思い出して、俺はふと呟いた。

「名前は?」
「え? うーん……猫ちゃんって呼んだらくるから、猫ちゃんなんじゃないですか?」
「それはさすがに……ないよ」
「うーんと、じゃあ、白いから、シロちゃん」
「それもないよ」
「じゃあ何がいいですか」
「そうだなあ……白いから、牛乳とか?」
「可愛くない!」
「じゃあ、ミルク」
「ミルク! 可愛い!」

 学校の猫の名前を勝手に決めてしまってもいいのだろうか。もしかしたらもう誰かが他の名前をつけている可能性もある。が、まあ、比奈が喜んでいるからいいか。
 今度見たら、ミルクという名前に反応するか試してみよう。