鍵の隠し場所を知る男
02

「先輩、またバイト変えたんですか?」
「ああ、うん。なんかやりづらくなって」
「は?」
「女店長の毒牙にかかるところだった」
「どこ行っても問題は女なんですね」
「そうなるね」

 早朝のコンビニのバイトは、時給もまあまあだし女の子の溜まり場にはならないしでいいことづくしだったのだが、以前から賞味期限の切れた弁当やデザートをくれていた女店長に、この間ロッカールームで着替え中に迫られたのだ。危うく逃げ延びたが、似たようなことが二、三度続き、もうやってらんねぇ、となったわけだ。

「今度のバイトは?」
「企業秘密」
「はあ?」

 梨乃ちゃんを手招きし、耳元で告げる。

「バーで、深夜バイトなんだよ」
「学校が嗅ぎつけたら即謹慎ですね」
「でしょ?」

 少し前に、ご機嫌な様子の拓人に捕まり連れてこられたバーで雇ってもらえることになったのだ。『scianto』という名前のそこは、喧騒から少し離れたビルの地下にあって、落ち着いたたたずまいで、いわゆる隠れ家的なバーだ。おそらく、おそらくうちの教師たちとは縁遠いはずである。

「それにしても、早朝の次は深夜ですか」
「まあ、そんなに寝なくても大丈夫だし、いざとなったら授業中に寝れるし」

 ため息をついた梨乃ちゃんが、バイトひとつ決めるのにも苦労しなきゃならないなんて、不憫ですね、と同情の眼差しで呟いた。

「せいぜい常連客に言い寄られないようにしてくださいね」
「うーん」
「その曖昧な返事……」
「昨日デートの誘いを断ったところだよ」
「はぁ……」

 先が思いやられる。と腰に手を当ててため息をついて、そういえば、と続ける。

「そういえば、オリプロの件はどうなったんですか?」
「ああー、まだ保留中。いきなり言われても考えられないし」
「向いてると思いますけどね」
「そうかな」

 がしがしと短髪の襟足を掻いて、俺は捨てられない名刺を思った。
 モデルかフリーターか。モデルのほうが魅力的ではあるが、自分にいまいち自信がない。
 比奈はどう思うだろう。モデルの俺と、フリーターの俺。あんなに目をキラキラさせていたから、モデルのほうがいいのだろうか。
 もし比奈がそっちがいいよと言えば、俺は簡単にころころと転がっていくのだろう。

「先輩?」
「あ、うん」
「なにボケてんですか」
「ごめん」

 比奈の望むことはなんでも叶えてあげたい。だからそばにいてほしい。