信じるなんて馬鹿だよ
11
顔以外に長所が見つからない。比奈はなんて言うのだろう。もしかしてその場の雰囲気に流されただけ?
顔を赤くして硬直した比奈は、たどたどしく言葉をつむぎ始める。
「……やさしいところとか、笑顔が素敵なところとか、声とか、比奈の言いたいことちゃんと分かってくれるところとか……」
「ふうん……」
やさしいだって、俺が。とんでもない。
でも、比奈がそう思うのなら、俺は偽善者にでも何にでもなってやる。
はじめから欲しがらなければ失うこともない。今までずっとそう思って、俺はいったい何を諦めてきたのだろう。考えるのは途方もないことで、俺は自分を恥ずかしく思った。諦めた、なんてばかばかしい。ほんとうはずっと望んでいたくせに。
「先輩は 比奈のどこ好き?」
「俺は……」
隣でいじいじと人差し指を動かす比奈を思わず抱きしめた。
「先輩?」
「全部かな……気持ちが落ち着く」
「……ほんとう?」
「うん」
「うれしい!」
きゅっと抱きしめ返してきた小さな腕を、手放すことなんて今の自分には考えられない。ずっとこのままこの小さな身体を抱きしめて過ごしたい。
いつかこんな幸せも終わるのだろうか。嫌われて去っていく彼女を想像することは容易だが、俺が彼女を嫌い去る光景は到底想像できない。
「ずっと一緒にいてね」
「うん!」
一点の曇りもない、純粋な返事。いつかそれを失ってしまうのが怖いんだ。こんな、なんの長所もない駄目な俺を、いつか見限ってしまうんだろう?
せっかくの幸せにわざわざ自分で暗い影を落とす、こんな俺を、いつかは捨てていくのだろう?
それでも、嫌われたって拒否されたって、比奈を好きでいるだろうし、失いたくないと嘆くんだろう。
ずっと一緒にいてね。
ずっと一緒にいようね、とは言えない自分に嫌気がさす。いてね、なんて、懇願しているようで、情けない。
素麺を冷やす水が流れ続けている。俺はようやく抱擁をほどいて、水を止めた。そして、氷と一緒に比奈が用意してくれた皿に盛る。
「ご飯食べようか」
「はあい」
タマのフードの袋を開けながら、俺はテーブルのほうに向かった比奈を追う。細い背中を俺のTシャツが覆っていて、華奢さを誇張している。
俺の服を着ている比奈。というのが、とても重要で大切な気がして、少し切なくなった。
夕暮れの陽が、ゆるやかに部屋を照らす。夏休みもあと少しで終わりだというのに、まだまだ残暑は厳しい。
ゆらりと揺れたカーテンの向こうは、静かな街並みが佇んでいた。
◆◆◆