信じるなんて馬鹿だよ
05

　白い名刺を、窓から入る光に透かす。足立美紗子、オリオンプロダクション。
　オリオンプロダクションと言えば、誰もが一度は耳にしたことのある芸能プロダクションだ。
　夏休み補習に強制的に駆り出された俺は、つかの間の休憩時間に財布に入れてあったそれを眺めていた。
　モデル、か……。
　少し伸びて、根元が茶に戻りかけた髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き回す。
　チャイムが鳴って、数学教師が教室に入ってくる。名刺を机の端に置き、机に伏せて目を閉じた。
　うとうととしだした脳に、子守唄のように先生が数式を言うのが届く。起きていようがいまいが到底理解できないものだと判断して、とろとろと睡眠は深みにははまっていく。ふわっと風が吹いて俺の髪の毛とワイシャツを撫ぜた。と、つんつんと隣から肩を叩かれる。

「ん……？」
「尚人、これ落としたよ」
「んあ、ありがと」

　隣の席の女の子が、風に飛ばされたらしい名刺を渡してくれる。

「それどうしたの？」
「え？」
「オリプロの人の名刺なんか……芸能人にでもなるの？」
「いやー……どうなんだろ」
「でも、尚人ならなっても不思議じゃないよね」
「ありがと」

　芸能人にでもなるの？
　そうか、モデルの件を承諾するということは、芸能人になるということなのか。きらきらした華やかな世界を想像して、首を傾げる。そんなところに馴染めるだろうか。
　フリーターになってその日暮らしをするのか、足立さんにお膳立てされモデルになるのか、どちらがいいのだろう。とりあえず、比奈とこれからも付き合っていくと仮定すると、職の安定しないフリーターはまずありえないし、かと言って成功できるとも限らないのにモデルなんかになるほうがよっぽどありえない可能性もある。足立さんは俺を高く評価してくれたけれど、だから世間も俺を高く評価してくれるなんてうぬぼれもいいところだ。

「桐生、聞いてんのか」
「聞いてません」
「お前ほんとに卒業できなくなるぞ」
「はーい」

　数学教師の沢山先生が、名指しで怖いことを言う。とりあえず真面目に授業を受けているように黒板をじっと見つめて、俺はぼやけて見えない近い未来を思った。

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