信じるなんて馬鹿だよ
06

「え? オリプロのスカウト?」
「うん。この間みなとみらい行ったときにね……」

 友人の話すことをまとめるとこうだ。急病で来れなくなったモデルの代わりに先輩がプロデューサー(みたいな人、と彼女は言った)の目に留まり代打に入り、そのプロデューサーに気に入られたらしくスカウトされた。

「その写真って、いつ見れるの」
「えっと、たしか十月号」
「ふうん。なんて雑誌?」
「ロッソ」
「え、マジで? そんな有名な雑誌に載るの?」
「すごいでしょ!」

 比奈が胸を張るところではないが、誇らしげに上体を反らす友人には何も言えない。たしかにすごいからだ、先輩が。
 なるほど、大学に行く頭も足りないのだし、せっかく持って生まれた美貌なのだから生かしてモデルになるというのもひとつの進路だ。あれだけ美人なんだ、仕事にあぶれることはないだろう。線が標準より細いという難点をのぞけば彼は完璧な彫刻なのだ。

「先輩が芸能人か……」
「ん?」
「いや、モデルになるってことは、そういうことでしょ?」
「んん……そっか……」
「比奈?」

 芸能人、というワードにぴくりと反応した比奈は、腕を組んで考え事をしはじめた。微妙に眉間にしわが寄っていて、唇は尖っている。

「どした」
「芸能人……って、遠いなあ……」
「……」

 なるほど。たしかに、芸能人と言えばあたしたち一般人から見れば別世界の住人だ。その一員に先輩がなる可能性があるというのは、比奈を大いに悩ませたらしい。
 まだ決まったわけじゃないんだし、と言ったところでちょうど休憩時間終了のチャイムが鳴る。次の講義を終えれば夏の補習前半戦はおしまいだ。
 慌てて前を向いて参考書の準備を始める比奈の細い首を見ながら、先輩のことを考えた。
 芸能人って、遠い。たしかに。
 細胞のつくりを語る神経質な生物教師の声をバックに、窓に切り取られた青い空を見る。……遠い、な。