憎しみと愛情は同じ色
15
世界が広くなった気がした。
梅雨が明けて晴れ渡った夏の空を、窓からぼうっと眺める。空はあんなにも青かっただろうか、鳥の声はこんなに穏やかだったろうか。
すうすうと自分の肺が呼吸しているのを感じる。目を閉じると、あの日父さんが最後に俺に見せたたどたどしい微笑みがよみがえる。
笑いかけてもらえるだけで、俺はよかったんだ。
ああ、もう、大丈夫だ。これから彼に裏切られたとしても、あの笑顔さえあればいい。あの笑顔だけは嘘偽りなかったと信じていけるから、大丈夫だ。
何かが静かに、でも確実に音を立てて崩れていく。こんなに安らかな気持ちになったことはなかった。比奈といても得られなかった大きな安堵が、そこにあった。
「Ehi、人生楽しんでるか?」
「まあまあだよ」
人の家に勝手に上がり込んできた拓人が、キッチンでコーヒーを淹れる。濃厚な香りが部屋を包み、少し頭がくらっとした。
タマがにゃあんと鳴いてロフトに上っていく。蒸し暑くなってきた最近は涼しいベッドの上がお気に入りらしい。
久しぶりに会った拓人はなぜか機嫌がよさそうで、それは淹れたコーヒーの量からも見て取れた。彼はご機嫌なときは飲み切れないような量を平気で淹れて見事に飲んでいく。
「機嫌よさそうだね、なんかあったの」
「いや、なに。大したことではない」
「……」
拓人はたぶん、父さんがここに来たことを知らない。でも、ルカが俺を養子にしたがっていることは知っている。と言うより、そもそもその仲介役を務めようとしにきたのだ、きっと。
まだ、どちらがいいのかは分からない。除籍するのか、しないのか。どちらが父さんのためになるのか、よく分からない。
でも、たぶん、どう転んでもルカの養子にはならないと思う。わだかまりは残っているのだ。拓人が言ったように双方の責任だったとしても、俺には死んだ人間、しかも大好きだった母さんを責めることなんてできない。だからルカを恨むしかないのだ。
それが、俺の生きる意味で理由だから。
「やはり豆から淹れると美味いな」
「変なとここだわるよね、拓人も」
窓に四角く切り取られた空は相変わらず青く、部屋にはコーヒーの重たい香りが充満する。
今、俺は生きているんだよな、と静かに感じた。
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