憎しみと愛情は同じ色
09

 どしゃぶりの雨を図書室でやりすごすのは、どうしてこんなに心が落ち着くのだろう。
 カウンターに座り、そばにあったティーン向けの女性誌を読みながら、雨の音に耳を傾ける。
 雨はきらいだ。嫌なことばかり思い出す。しゃんしゃんと鳴る鈴の音に、静かな弱い呼吸。嫌な過去はいつで も雨に彩られていた。だけど今年はそうじゃない。比奈があの日かばった弱い命の記憶がそこにはある。
 あの日と同じように、彼女は窓際の背の低い本棚に両頬杖をつき、外の景色を眺めている。

「白いブラウス似合う女の子ぉ」
「比奈、静かにしなよ」
「……はぁい」

 ご機嫌で歌いはじめた比奈の頭を弱く小突く。ぷすっとむくれた顔で口をつぐんだ姿に苦笑し、小突いた頭を撫でる。

「図書委員だからね、一応注意くらいしないと」
「ちぇっ」

 比奈と頭を突き合わせながら雑誌を見ていると、カウンターの前のほうから小枝ちゃんがやってきた。

「桐生くん、これ本棚に戻しておいてね」
「はいはい」
「はいは一回」
「はーい」
「比奈もお手伝いする!」

 文庫本を比奈に持たせ、俺はハードカバーの本を抱えて紙の森をさまよう。こんなの誰が読むんだ、と言いたくなるような専門書も揃えてあって、この学校の図書室は小さな図書館のようだとひとりごちる。実際、ここは図書室しかない独立した棟なので、図書館と呼ぶ人間もいる。三階建ての図書棟は、一階にカウンターと小説や雑誌・新聞などが、二階に専門書や外国語の本が、三階はコンピュータールームという構成で成り立っていて、とても広い。こうして本を返していくだけでも難儀なことだ。
 頭文字と番号を確認して本を戻しながら、思考はまたどうしようもないところまで飛んでいく。
 ひとりでいるとどうも駄目だ。首を振って、それを紛らわそうと努めてみるが、頭にへばりついたそれは簡単には離れてくれない。

「……」

 本棚の前にしゃがみ込み、目を閉じて言葉を追い出そうとした。「用なし」「許さないから」……だめだ。考えるなと思えば思うほど、言葉が俺の脳を侵食した。

「先輩?」
「……比奈」
「具合悪いですか? 戻ってこないから……」
「いや、大丈夫」

 帰りが遅い俺を心配してか、比奈がハードカバーの本棚まで近づいてきた。先ほどまでふたりで読んでいた雑誌を手にしている。
 立ち上がって、最後の一冊を本棚に戻し、比奈を促してカウンターに戻る。頭はさっきよりすっきりしていて、言葉が響くこともない。やっぱりひとりでいるとだめだ。すぐに弱気な自分が顔を出す。
 雨は相変わらず止む気配がなく降り続く。
 比奈にどっぷりと依存している自分が嫌になる。