憎しみと愛情は同じ色
08

「……」

 またあの夢だ。
 怖くて二度寝なんかできない。夜明けにはまだ早いしとしとと雨の降り続く窓の外の景色を眺めながら、額の汗をTシャツの裾で拭った。ロフトから降りると、ソファの上ではタマがのんびりと眠っている。キッチンに向かいココアペーストを取り出して、牛乳を加える。押し込むように一気に飲んで一息つくと、遅れてココアの甘みが舌に広がった。
 シンクに手をついて、雨の音を聞く。時折ぴちゃんと跳ねる音がする。
 残っていたココアを含んで飲み下し、頭を抱えてしゃがみ込んだ。

「……用なし、ね……」

 いったい自分は何を期待していたのだろう。
 戻って来いと言われたあのとき、素直に戻っていれば何かが違ったのだろうか。いや、どちらにしろ、「自分の息子」が生まれれば俺はその時点であの人にとって用なしになるに違いない。
 今更いったい何を期待する? 最初から蔑まれ疎まれていたじゃないか。最初から、用なしだったじゃないか。いったい何を期待する?
 比奈の顔が頭に浮かぶ。俺がいなくたって、死ぬわけじゃない。絶対に俺が必要不可欠なわけじゃない。多少悲しんだって、ちゃんと次の日学校へ行って授業を受けて帰り道を梨乃ちゃんと歩いて優しいお兄さんと喋って……。
 拓人だってそうだ。俺のせいで、わざわざ憎まれ役を買うことになった。俺なんかに疎まれて、本人だって不愉快に違いないんだ。彼にはもっと明るい生き方が似合っている。太陽の下で家族や恋人と笑って暮らせるならそれに越したことはない。
 自分は誰にも必要とされていない。最初から分かっていたはずなのに、何を勘違いしていたのだろう。
 すん、と鼻をすする。視界がぼやける。
 俺が泣くのは、筋違いだ。泣きたいのはあの人のほうだろうに。ぎゅっと目をつぶり、こみ上げる涙を我慢する。
 ごめんなさい、と誰にともなく呟いた。涙が鼻の奥のほうから盛り上がってきて、ひくりと喉がつる。泣くな、泣くな泣くな泣くな。

 ごめんなさい。