憎しみと愛情は同じ色
05

「……また残してる」

 比奈ちゃんが、弁当箱を見てぽつりと呟く。覗き込むと、もう見慣れた黒の弁当箱は、おかずがまだ残っていた。桐生の奴に作っている弁当だ。

「俺が食べるよ」
「でも、もうすぐ晩ご飯だよ」
「いーの、比奈の作るご飯は美味しいから、いくらでも入るよ」
「……」

 分かっている。ほんとうに食べてほしいのは俺じゃないってこと。
 ここ最近、比奈ちゃんの様子がおかしい。それと連動するように、桐生は弁当を残すようになった。最初のうちは、口に合わなかったのだろうかといろいろ試行錯誤していた比奈ちゃんだが、最近はそれも言わなくなり、ただ黙って肩を落としている。
 桐生を殴ってやりたいが、それをすると比奈ちゃんはきっと悲しむし、何よりあんな腑抜けた状態のあいつを殴るのも気が引ける。先週偶然出くわしたあいつは、ぼうっとしていて何かの抜け殻のようだった。

「……桐生の奴、体調悪いのか?」
「……分かんない。でも、ずっとぼうっとしてるの、ずうっと」
「そうか」
「なんかあったのかもしれないけど、比奈には言ってくれないの」
「……」
「先輩、消えちゃうかな……」
「比奈ちゃん、泣くな」
「っふ……」
「ほら、おいで」

 比奈ちゃんを抱きとめて、ソファに座る。俺のワイシャツの胸を濡らす生ぬるい涙が悔しい。前言撤回、今度あいつにあったら腑抜けていようがなんだろうが殴ってやる、と心に決めた。

「比奈、先輩に何もし、てあげらんないの」
「うん」
「何もできな、のが、悔し、くて」
「うん」
「悲しい、よ」

 いつから、こんなに静かに泣く子になったのだろう。昔は人目もはばからず大声で泣いていたのに。いつからこんなさみしい泣き方をする子になったのだろう。
 そうさせた桐生が、うらやましいようなむかつくような、微妙な気持ちだ。生まれたときからずっと見守ってきた女の子が、今他の男の手で女になろうとしている。花が咲く瞬間を早送りして見ているような、神聖な感慨が、そこにはあった。