雨の日の魚と猫と天使
02

 そんなことをぐるぐると考えながら、草を抜く手をお留守にして比奈ちゃんを眺めていると、彼女が不意に目を見開いた。

「どしたの?」
「アイス食べたいです」
「…………」

 帰りにコンビニ寄ろう、とかダッツ食べたいなー、とか呟きながら草むしりを続行する比奈ちゃん。
 急激に、妙な脱力感に襲われる。どっと肩の力が抜けて、両手に掴んでいる草をもうどうでもいいぜと投げ出したくなった。
 日が長くなってきて、辺りはまだまだ明るく、背を向けた校舎からは、おそらく四時四十分を告げるベルが鳴った。校庭のほうからは野球部の野太い掛け声が聞こえてきて、この仕事を押し付けられてまだ一時間程度しか経っていないことに気付かされ、げんなりした。

「りんりんとー」

 小さな声で、だけどめいっぱい歌っている鼻唄が、比奈ちゃんのご機嫌を如実に表している。
 りんりんと、以外の部分が全てふんふんで進んでいるのが、非常に彼女らしいというかなんというか、ところでこの曲は誰のなんて曲だったっけ……聞き覚えはあるような気がするんだけど。
 雑草を抜く姿勢のまま腰が痛くなってきた、と思いながらぼんやりしていると、制服のポケットに入れた携帯がかすかに震えた。
 ディスプレイに表示された名前は、幾人かいるお友達(世間一般にはセフレ、とか言ったりするらしいけど、下品な気がするしあんまり好きな呼び方ではない)の中のひとりだった。

「もしもし」
『あ、ヒサト? 今日暇?』
「んー……暇と言えば、暇」
『なにそれ』
「あとちょっとで用事終わる……うわっ」
「先輩さぼっちゃだめですよー」

 ようやく夕暮れに染まりだした空を見ながら話していると、急に前につんのめった。振り向くと、比奈ちゃんがぷくぷくと頬を膨らませながら両手を突き出している。

『……女の子と一緒?』
「あー……まあ、そうなるのかな、 これ」
『いや、聞かれても……じゃあいいや。またねー』
「え、ちょっと」

 俺の呼び止めもむなしく、通話は切れた。