遠いから逃げる臆病者
05

 あゆむが、持っていたパンからメロンパンを引き出して俺に投げる。受け取ったはいいが、こんなもさもさしたもの、食べているうちに喉が渇きそうだ。俺の隣に腰を下ろしたあゆむのパンの中から、わりとしっとりしていそうなアップルパイと取り替える。いちご牛乳にストローを挿したあゆむが、チーズ蒸しパンを開けて食べようとすると、旭さんが声を上げた。

「あゆむ、わたしお弁当作ってきたって言ったじゃん」
「うるせぇなちゃんと食うよ。腹減ってんだよ」
「もう……本当にちゃんと食べてよね」
「分かってるよ馬鹿」

 うーん、たしかにいづらい。バカップルめ。
 いちゃいちゃラブラブの空気を醸し出すふたりはもうほっておいて、俺はアップルパイの封を切った。

「そーだ。ちびちゃんも尚人にお弁当作ってあげれば?」
「……手作り弁当!」
「そーそー。愛妻弁当」
「愛妻……」

 純太の提案に、比奈がにまっと笑って、照れたように頬を手のひらで押さえる。弁当のおかずをかき込みながら、純太がにこっと笑う。

「ご飯のとこにさー、海苔でハートとかやったりさー」
「タコさんウインナー!」
「三色そぼろ!」
「いやーん!」
「憎いぜこのこのぉ!」
「……あれはどういうテンションなの?」
「さあ……」

 比奈と純太だけに通じ合うなんらかが、俺たちを疎外する。純太くらい女の子に近い風貌なら、怯えないのだろうか。ハイタッチで手が触れてもとくにびくついた様子もない。俺とは手をつなぐだけでも未だおどおどしているのに。まあ、それも可愛いっちゃ可愛いから、別にいいのだが。意識されている、ということの表れだとも思うし。

「先輩、好きな食べ物はなんですか?」
「味噌汁」
「……」
「尚人空気読もうよー」

 困った顔で、比奈が何事か考えている。さすがに汁物はまずかったか。このままほうっておくと、比奈の思考はとんでもない方向に飛んでいきそうで、慌てて言い直す。

「間違えた、やっぱり玉子焼き」
「玉子焼き……だし巻き玉子、好き?」
「うん、好き」
「じゃあ、明日先輩の分も作ってきますね!」
「あー、うん」

 まいった。明日は弁当ひとつを食べるつもりでいなければならない。最近食欲がなくて夕飯を抜いたり一日パンひとつしか食べなかったりという不摂生が続いているのに、いきなりフルコースなんて大丈夫だろうか。いや、大丈夫かどうかなんて俺の胃の問題ではなく、可愛い彼女の手作り弁当は無理だろうが何だろうが気力で食べるべきだ。とも思う。
 うん、と納得してひとり頷き、まずはここから、とアップルパイをかじった。