遠いから逃げる臆病者
02
「小百合のことは、僕もやりきれない。僕の身勝手な愛情のせいで、人生を狂わせてしまうことになった。後悔している」
後悔している。俺を産ませる要因に自分がなってしまったことをか。やはり、俺はどこに行っても望まれてなどいないのだ。
「なら、どうして」
「え?」
「どうして、一度でも会いにきてくれなかったんですか」
「……」
「母は、あなたを待っていた」
「それは」
「でも来なかった。あなたは母を裏切った」
「そんなつもりは」
なかった、という言葉はほとんど口に出ずに吐息のように囁かれた。
痛ましくまぶたを震わせるこの男は誰だろう。潤む青い瞳はなんなのだろう。傷ついたようにうなだれるのは、震える息は。
本当に、繊細な顔をしたこの男は、俺が十何年も恨んで。恨むことで自分自身を支えていた男だろうか。なぜこんな傷ついた顔をする? 傷ついたのは、母さんや父さんなのに。この男のどこに悲しむ権利がある?
「……事情とか、そういうのはいいです。母は死んだのは事実で、それが俺が生まれたせいなのも、事実です。今更俺相手に頭を下げたって、遅いんだ」
震える声で吐き捨てる。ああ、ほんとうに遅すぎる。
「母さんはあなたが迎えに来るのを待ってた。死ぬまで」
「……小百合が」
「あなたのせいで俺の母さんは」
「ヒサト」
今まで黙っていた拓人が、俺の言葉を制する。何度かまばたきをして、ため息のように吐き出す。
「……ルカが、サユリと恋をした結果お前が生まれた。お前が生まれてキリュウの子でないと分かった。……だがそれはルカだけが悪いのか? 仮にもキリュウに嫁入りした女がルカになびいたのは、ルカだけが悪いのか? お前の母親はまったく悪くないと言えるのか?」
「……」
「お前にだって分かっていたんだろう、母親がルカのことを愛していたことを。だったら、なぜルカだけが責められなくてはいけない? それは同罪ではないのか?」
「……うるさい」
「俺は、お前にもルカにも中立の立場だ。叔父と従弟だ、差別する気なんかない。だから言うが、お前の母親に罪はないと言えるのか、死んだという理由だけで美化されていいのか?」
「拓人」
「お前に母さんの何が分かる!」
「じゃあ、聞くが」
お前に、ルカの何が分かる?
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