遠いから逃げる臆病者
01

 街は水滴できらきらと輝いて、昨夜の小雨を実感させた。
 俺の前を行く拓人の背を、くじけそうになる気持ちを押さえ込んで追う。人波をすいすいと器用にくぐり抜けていく拓人にはついていくのがやっとで、他のことを考えている隙もないから楽だった。
 たくましい背中が、ある一軒のビルの前で止まる。そして、俺を振り返って軽く首を傾げた。

「大丈夫か?」
「……一応」

 その雑居ビルの一階にはファミリーレストランが入っていて、店員に人を待たせていると言って店の奥に入っていくのを追った。
 心臓が破裂しそうだ。緊張、恐怖、疑念、そんなようなものが、進みたがらない俺の足に絡みつく。膝をつきそうになるのを叱咤して、俺はそのボックス席のスペースに入った。
 拓人の隣に座って前を向けば、くるみ色のくしゃくしゃした髪の毛の下で静かにたたずむ青い瞳と目が合った。思わず、下を向く。
 気持ち悪い。最悪だ。誰にとも何にとも言えない憤りやいらつきに脳が支配されていく。

「さて……まずはどこから話せばいいのか……ヒサト、大丈夫か?」
「……平、気」

 吐きそうだ。これが、俺をこの世に産み落とさせた元凶、母さんを死に追いやった俺をつくった人間。俺にそっくりな顔をしている。

「……尚人、改めて、はじめまして」
「……」
「ルカ・セーニ……君の、父親だ」

 拓人よりもずっと流暢な日本語を使う目の前の男は、俺の反応がないのも気にせず話し続ける。

「先日は、予想外のこととは言えすまなかった。そして、今日ここに来てくれてありがとう。……今回は、君の所在を拓人が調べてくれて、それでやってきた。君と、ずっと話をしたかったんだ」
「俺には、あなたと話すことなんて何もない」
「ぶしつけなことを言っているのは承知だ。だが、僕は君に話があるんだ」

 やわらかい物腰に、優しげな目元。まるで聖者のような風貌とは違い、中身は拓人並みに強引だ。
 ルカが、ふと目にかげりを見せた。