君の愛が怖い時がある
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 新着メールが一件、もうアドレスは消したが、どうやらその中のひとりかららしい誘いのメールだった。ソフトにお断りしようと文章を考えながら教室のドアを開けると、日本史のおじいちゃん教師がちらりと俺を見て、何事もなかったように授業を続ける。もうそろそろ定年になってもいいはずだが、いったい今いくつなのだろう。見た目はとうに六十歳を越えているように見えるのだが。
 どうせ帰ってこないだろう、と窓際のあゆむの席に座って外を見る。比奈たちがソフトボールをしているのがよく見える。三年の教室は二階にあるから、屋上よりもグラウンドに近いのだ。
 頬杖をついて見ていると、比奈の運動能力のなさがよく分かる。バッターになれば三振だし、守備に回ると足の間をボールがすり抜けていく。ひょこひょことグラウンドのすみにボールを追いかけに行く後姿が微笑ましい。
 知らず口端が上がっていたのだろう、「じゃあそこで笑っとる桐生、この空欄埋めてみなさい」とおじいちゃん先生に当てられてしまった。何も気にしていないふりをして、授業を聞いていないやつに当てるとは狡猾な。

「えーと……秀吉?」
「そしてこれをきっかけに、第二次世界大戦がはじまってじゃな……」
「スルーですか」

 どうやらだいぶ見当違いな答えをしたらしい。隣の席の女の子がくすくすと笑って、ノート写す? と聞いてきたのを首を振って丁重に断り、作成途中だった携帯のメール画面に目をやり、なるべく相手を傷つけないような(とは言え、もうすでに二、三度彼女ができたからと断ったのだけれど)言い回しを考える。
 考えていると、目の前に影が差した。顔を上げると、仏頂面のあゆむが立っている。

「あれ、帰ってきたの」
「帰ってきたのじゃねぇよ、どけ馬鹿」
「はいはい」

 授業中にもかかわらず堂々と前のドアから入ってきたらしいあゆむが、俺にしっしと払うジェスチャーをする。渋々立ち上がって、自分の席に戻って携帯画面に視線を戻す。あゆむの興味は俺から逸れたようで、机に置いてあったプリントで紙飛行機を作って先生の背中目がけて飛ばす。先生は自分の背中に当たった物体とその飛んできた方向を見つめ、しばし沈黙したが、すぐに授業に戻る。そのうちきっとあゆむが当てられるだろう。
 俺はメールを打ち終わって、腕の中に突っ伏してさっき眠り損ねた分をせめて少しでも取り戻そうと目を瞑った。
 ひどく眠いけれど、なんだろう、安心している。

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