君の愛が怖い時がある
08
「女はそうでもないけど、男はみんなやりたいものなんだよ」
「……」
「先輩と付き合って、えーと、半年近くかな、先輩はよく我慢してると思うよ」
「がまん……」
「そ。普通の男だったらもう浮気するか別れるかだよ」
「別……れる」
「先輩はほら、手練だから我慢できるわけで」
「てだれ……」
さっきから、あたしの言うことを鸚鵡返しに発音する比奈の頭はおそらくすでに現実世界にグッバイしている。トリップした先には、比奈が読むような少女漫画ではありえない「キスの先の世界」がこう、もわもわとおぼろげに広がっているのだろう。
「……ほんとにみんなする?」
「うん」
「だって、こないだ読んだ漫画はちゅうまでだったよ?」
「その後舞台裏でやることやってんのよ」
「……」
サンタクロースは父親だったと知ったときの子どものような顔をして、比奈がテーブルに突っ伏した。ごんごんとテーブルに頭突きをしながら、比奈が目だけこちらに向ける。上目遣いになりすぎて怖いくらいだ。
「比奈は、何をすればいいの?」
「……何もしなくていいんじゃない?」
何かするまでもなく寝転がっていれば、先輩が全部うまい具合にちゃっちゃとやってくれるだろう。なんたって先輩だし。そこら辺の盛った童貞とはわけが違う。
「先輩にされるがままでいいのよ、比奈は」
「……ほんと?」
「ほんと」
「何にも?」
「何にも」
「……うーん」
何を悩んでいるのかは知らないが、顔を上げ腕組みをしながら熱心に考え込んでいる。
そんな比奈を横目にポテトをつまんでいると、あたしたちの席の隣のボックス席に、カップルが座った。見覚えがあると思い少し考えて、先輩とわりと一緒にいる真中先輩とその彼女さんだと思い出す。
「あれ、比奈ちゃん」
「あ、ひよ先輩」
尚人先輩を介してすっかり仲良しらしいふたりにちらりと目をやって、真中先輩がチーズバーガーを頬張る。こんなに間近で見たのは初めてだが、近くに寄るとますますいかつい。きれいに染め上げられた金髪が、明るい色の瞳によく似合っている。
「……」
「比奈?」
彼女さんをぼうっと見ながら何かを考えているらしい、比奈が口を開く。
「……ひよ先輩は」
「え、わたし?」
「……なんでもないです……」
何か言おうとしたが、その前に軽く赤面して首を振る。そんな比奈を不思議そうに見ながら、彼女さんが飲み物にストローを挿した。