君の愛が怖い時がある
07

「はあ?」

 思わず声を上げて、正面に座ってもじもじしている友人を凝視した。俯きがちに視線をうろうろと泳がせ、比奈は飲んでいた飲み物の、ストローが入っていた紙袋をちぎったり伸ばしたりと指先を絶えず動かしている。

「だ、だから、そそその、キッ、キスの先には、何があるのかなーって……」

 何って、常識的に言えばエスイーエックスそのものだが。比奈もとうとうそんなことを言うようになったのか……って、待てよ。
 つまり。比奈はキスの先にあるものを知らないということはつまり?

「……まだやってなかったの?」
「えっ、何を?」

 あの、半径一メートルまで近づいたらフェロモンにあてられてぶっ倒れると言われた(言われてない)桐生尚人と、セクシーの権化とまで言われた(言われてない)桐生尚人と、恋人という名目で付き合いのある状態で半年以上もクリーンなままでいられるなんて奇跡だ。
 ただ、そんなことを聞いてくるということは、そのようなそぶりを先輩が比奈にも分かるくらい露骨に見せているということだろう。

「なんで急に? なんかされたの?」
「あのー……く、首に、ちゅって」
「ああ……」

 ストローの紙袋をいじり倒した比奈が、ストロー本体をいじいじと触りながら顔を赤くして目を逸らす。こんな据え膳食べないなんて先輩男として終わってるんじゃないだろうか。

「だから、なんかあるのかなあって……」
「なんて言うかさ、こう……大人の世界が……」
「う?」
「だあっもう、単刀直入に言うと、エッチだよ」
「エッ……」

 大きな瞳が丸々と見開かれ、比奈の手からストローが滑り落ちた。そして、わなわなと震えながら飲み物のカップを両手で握ってストローなしにこくこくと飲む。かたん、と飲み干したカップをテーブルに置いて、口の周辺にクリームをつけた比奈が引きつった笑顔を見せる。

「え、っち?」
「うん、分かる? セック」
「ぎゃー! ぎゃーす!」

 マック店内に、比奈の奇声が響き渡る。驚いてこちらを見る人たちを気にもせず、比奈があたしの口を閉じようと両手を突き出した。
 さすがに言い過ぎたか。でも、これぐらい言わなきゃ彼女には伝わらない。先輩は、態度で伝わると思っている(と言うか、思いたがっている)が、現実はそうじゃない。とにかく、鈍いのだ、この子は。特にこういう大人の事情について。

「そんなことするの!? みんな!?」
「するよ。がんがんするよ」
「が……」
「先輩だって我慢してるんだよ。えらいえらい」
「……我慢?」

 どうしようか。これを比奈に言っていいものか。少し悩んで、軍配は並々ならぬ努力によって我慢しているであろう先輩に上がる。