君の愛が怖い時がある
05

「おはよーです!」
「おはよ……あれ?」
「むふふ!」
「髪色変えたんだ?」

 聞きなれた声に昇降口で挨拶されていつものように振り向くと、そこにはずいぶん髪の色がおとなしくなった比奈が立っていた。昨日までの飴色が、深みのあるダークチョコレート色になっている。

「比奈は、今日から大人になるです!」
「へえ……なんで急に?」
「うーんと……昨日髪の毛切りに行ったら、由希ちゃんが髪の毛黒くなってて……」
「由希ちゃんって?」
「比奈の髪の毛切ってくれる美容師さんです」
「その人がいつもより大人っぽくなってたから?」
「はい!」

 安易で簡単な思考回路を持っているな。
 こういうくだらないことはすぐに読み取れるのに、肝心なことは分かってあげられない。

「こういう色も、似合うね」
「ほんとですか! 大人っぽい?」
「……うん」

 大人っぽいとは言えない。どちらかというと、色が濃い分あどけないというか幼いというか……喜んでいる本人には言わないが、美容師さん、もうちょっとその辺りアドバイスしてあげられなかったのだろうか。まあ、真っ黒にならなかったことは不幸中の幸いだろう。それに、比奈を止められる人間なんて限られている。
 赤味のないアッシュ系の落ち着いた髪の毛が、軽く外に跳ねてふわふわと俺の指を誘う。誘われるまま、傷んで軽くなった毛先に触れて傷んでいると呟く。

「え?」
「傷んでるね」
「ううーん……トリートメントするですよ」

 最近サボってたから、ともじもじと言い訳する比奈の髪をくしゃくしゃと撫で、ごめんね気にしないでと囁く。別に、問い詰めたわけじゃないのだ、ただそう思っただけで、別に髪の毛が傷んでいるからどうだとか言うわけじゃない。そりゃあ、どちらがより触り心地がいいかと聞かれればつやつやとしているほうがいいけれど。
 一年生の教室へ続く廊下で頭から手を離し、じゃあまた放課後、とその手を揺らす。手を振りながらクラスへ駆け込んでいく比奈をぼんやりと眺める。
 あとどのくらい、あの元気な姿をそばで見ていられるだろうか。俺にとっては明日でさえたしかではないのだ。彼女の幸せを願うなら、俺なんかからははやく離れたほうが言いに決まっている。そう言えないのは言い出せないのは、単に自分が臆病者だから、彼女にそばにいてほしいと望んでしまっているからだ。望んだら駄目だ、期待も希望も持ってはいけない、こんな、災厄しか招かないようなこんな――。

「なぁーにたそがれてんですか、朝っぱらから」
「いった!」

 ばちんと背中を叩かれ、俺は現実の世界へ引き戻された。振り返れば、俺の背に当てたと思われる鞄を手にした梨乃ちゃんが目を眇めて俺を見ていた。

「別にたそがれてたわけじゃ……」
「遠い目でぼうっとしてても説得力ないですよ」
「ちょっと考え事を、」
「ろくなこと考えてない目でしたね」

 俺たちの不毛な言い争いを遮るように、予鈴が鳴り響く。ふんと鼻を鳴らした梨乃ちゃんが、俺に人差し指をつきつけて呟いた。

「何が理由か知りませんけどね、朝からそんな辛気臭い顔しないでくださいね、うざいから」
「……うざい」
「じゃ。先輩もはやく教室行ったほうがいいですよ」

 そんなに辛気臭い顔をしていたのだろうか。自分の頬に手のひらを当てて首をかしげる。参ったな。