君の愛が怖い時がある
03

「ヒサト、話があるんだが、聞いてくれるか?」
「何?」

 仕事の帰りだ、とうちに来た拓人が、コーヒーマグを片手にソファに座りタマの背を撫でながら思い出したように呟く。その姿は嫌ってくらい絵になっている。外国の何かのキャンペーンのポスターみたいだ。
 何と聞けば、言葉を濁すように唸り声が返ってきた。

「どう言ったらいいか……」
「……」

 なんだか嫌な予感がするのは俺だけだろうか。
 タマがすっかりリラックスしてごろごろと喉を鳴らしながら背を伸ばす。相変わらずその背をさすりさすり、拓人は珍しく遠慮がちに呟く。

「ルカのことなんだけどな」
「コーヒー飲んだら帰ってね」
「ヒサト」
「何」
「お前の本当の父親だぞ」
「俺に父親はいない」
「現実から逃げたって何も変わらない」
「お前は」

 逃げたくなるような現実を知らないから、そんなことを言えるんだ。
 そんな恨みがましく陰険な言葉が口をついて出ることはなかったが、視線にはこれでもかというほど険をこめた。それを拓人も分かったのだろうが、しかし、と続ける。

「ルカはお前に会いたがっている」
「どの面さげてそんなこと言えるの」
「ルカがお前に何をしたって言うんだ」
「何もされてないよ」

 そう、彼は何もしていない。

「俺が生まれたときも母さんが死んだときも、何も。何もされてない」
「……」

 押し黙った拓人に背中を向け、今日の分の洗濯物をクロゼットにしまい込む作業に戻る。
 自分の分のコーヒーを淹れようとキッチンに向かうと、タマを抱いてついてきた拓人が思いつめたように言った。

「お前には、最低な父親かもしれないが、俺にとっては大事な叔父なんだ。頼む、少しの時間でいいんだ、会って話を聞いてやってくれないか」
「……あのさ、お前が大事に思ってるとか、関係ないんだよ」

 これから言うことに精一杯無表情を貫こうと、顔の筋肉に力を入れた。

「お前は悪くないよ。何の罪もない。……罪は、俺が生まれてきたことそのものなんだ。俺のせいで、母さんは死んだし、……父さんは繕わなくていい世間体を繕うことになったし、桐生の名を汚した。悪いのは、俺なんだ」
「ヒサト、それは違う」
「違わないよ」
「あのな」
「だから憎いよ、俺をこの世に生ませたルカも、最後まで俺を愛してくれなかった母さんも、俺のこと邪険に扱う、父さんも。……しかたないんだけどね、こんな子ども愛せないよ」
「……ヒサト」

 無表情でいられただろうか。声は震えなかっただろうか。もうこれ以上この男にみっともない姿をさらしたくない。望まれて生まれ、太陽の光をいっぱいに浴びて育ち、うんと明るく育ったこの男に、こんな黒い部分は見せたくない。
 俺と彼は違うんだと、思い知らされるから。拓人がたまらなくうらやましいと、思ってしまうから。