全て悪い夢だったなら
12
「おめでとうございまーす!」
満面の笑みで、比奈と梨乃ちゃんがクラッカーの紐を引く。相沢家のドアの前で固まっている俺に、梨乃ちゃんはしてやったりという顔をして言った。
「今日、先輩の誕生日なんですよね?」
「あ、うん……」
「今日は先輩の誕生日パーティでーす!」
携帯の日付を見ると、たしかに三月二十日で、この前学生証で確認したのも二十日だった。
比奈に、うちに遊びに来てほしいと言われたのでのこのこやって来たが、比奈に梨乃ちゃん、幼馴染ふたりとお兄さんは仏頂面で、拓人までいる。
「入ってください! 今ママがケーキ焼いてるですよ!」
比奈に手を引かれ、靴を脱ぐのもそこそこにリビングまで誘導される。テーブルにはたくさんの美味しそうな料理が置かれていて、湯気が立ち上っているので余計に美味しそうに感じる。
「比奈とーママとー、拓人さんでご馳走つくりました!」
「ほら、ぼうっとしてないで、座ってください」
促されるまま座る。そして、キッチンのほうからいいにおいが漂ってきたかと思うと、おばさんが大きなイチゴの乗った白いケーキを持ってくるところだった。
「……事態が飲み込めない」
「ほんとお前はつくづくむかつくな。比奈が一生懸命お前のために準備したのに飲み込めねぇとかふざけてんのか」
「いや、だって……誕生日パーティって初めてだし……祝われたことすらないし……」
混乱しながらやっとそれだけを言うと、筋肉が目に見えてやばいという顔をした。隣で俺たちの会話を聞いていたモヤシが呟く。
「薄幸……」
「うるさいな」
「お前らやめろ。比奈ちゃんのプランをパアにしたいのか」
お兄さんがこちらをぎろりとにらんで、幼馴染は慌てて口をつぐんだ。なんというかこの支配、やはりふたりはお兄さんの教育という名の洗脳を受けているな。
「じゃあ、ジュースも注いだので」
「乾杯でーす!」
「cincin!」
拓人の合図で、席に着いた皆がグラスを一斉に上げる。まだふわふわとした心地の中、俺もつられて腕を上げる。隣の席で比奈がにこにこ笑ってジュースを飲む。グラスに入ったオレンジジュースを一口飲んで、どうしようと途方に暮れた。
ふつうの、どこにでもある家庭の、どこにでもいる男の子の誕生日を祝うかのようなこの席。
こんなこと初めてで、どうふるまっていいのか全然分からない。
おたおたしていると、比奈が俺の皿に適当に料理を盛って差し出してくれる。
「はい、どうぞ!」
「……ありがと」
「このチキン比奈が作ったですよ」
「へえ。……あ、美味しい」
両頬に手を当て、比奈は嬉しそうに首を左右に振る。ちらりと比奈の皿を見ると、何より先にケーキを平らげている。実に彼女らしい。