全て悪い夢だったなら
11

 少し抱きしめる力を強くして、落ち着かせるように髪を撫でた。甘えたいのか、背中に腕が回ってカーディガンをきゅうっと掴んできた比奈の頭にあごを乗せ、息を吐き出す。もう三月だけど、息がわずかに白く染まった。上を見上げれば満天の星空……というわけにはいかないがちらほらと星が見え、空気は澄んでいた。
 しばらくそうしていると、比奈がもごもごと動き出す。湯たんぽのように温かかったため離すのは惜しい気もしたが、腕をほどくと、すっかり泣きやんで代わりに顔を赤くした比奈が俺の胸を押し返す。

「ん。帰ろっか」
「はい……」

 立ち上がって、手を差し出すと、素直に握られる。

「星、きれいですね」
「でも、冬より少なくなってるよね」
「冬は空気がもっと澄んでるですよ」
「あーそっか」

 ぽてぽてと比奈の歩幅に合わせながらゆっくりマンションまで歩いていくと、エントランスの手前のベンチに腰掛けているお兄さんが見えた。

「比奈……」
「……大嫌いって言ってごめんなさい」
「……」
「ほんとは大好きだよ」
「うっ……比奈……!」
「でも、先輩の悪口言わないでね。比奈はお兄ちゃんも好きだけど、先輩も大好きなの」
「……悪かったよ」
「別に、そこまで気にしてませんよ」

 よく見れば、ふたりとも顔かたちがよく似ている。
 家族、なんていう俺には縁のない対人関係がとてもうらやましくて、だから比奈にはお兄さんと仲良くしていてほしいのだ。エゴかもしれないけど、嫉妬かもしれないけど、俺にどうしたってつくれないものをせっかく持っているのに、それをむげにされるのは見てて腹が立つ。

「じゃあ、ばいばい、比奈。また明日ね」
「さよなら……あ、ネックレス、ありがとうです! 大切にします!」
「うん」

 帰り道、ネックレスのチェーンをさわる。
 これは、俺と比奈の証だ。大丈夫、もしもこの先がなくたって、これがあればきっと負けない。