全て悪い夢だったなら
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「……いた」

 公園の奥のほうへ向かうと、ベンチに体育座りした比奈がひいひい嗚咽を漏らしていた。

「比奈」
「……ぐすっ」
「泣かないでよ」
「だっ、て、お兄ちゃん、せ、ぱいに、ひど、こと言った」

 やっぱりそれが原因か。母親の命日の出来事で、比奈と梨乃ちゃんは俺の境遇を拓人から少し知らされていたらしい。それに、明らかに日本人ではない青い瞳も見られている。
 比奈の横に座り、軽く抱いて背中を撫でる。泣きすぎて喉がつっているのか、ひくひくと言葉にならない声をひっきりなしに出している。

「俺気にしてないから、平気だから」
「でもっ、悲しそな、顔、っした」
「それは不可抗力ってやつで……お兄さんはそんなつもりで言ったんじゃないって分かってるから、大丈夫だよ」
「うーっ……」

 ワイシャツが、比奈の涙であたかかく濡れていく。カーディガンの裾で優しく目の周りをこすると、泣きに力が入った。

「お兄さんに、大嫌いなんて言ったらだめだよ」
「だってえぇ」
「大事な家族なんだから、仲良くしないと」
「……っく」

 泣き止まない比奈に少し困って、カーディガンのポケットに手を突っ込む。風邪気味で喉の調子が悪かったため、飴を入れてあったのを思い出したのだ。包み紙を破って比奈の口にほうり込むと、面食らったように目をぱちぱちさせて、それからおとなしく口を閉じた。

「泣きやもう? それで、お兄さんに謝りに行こう」
「……謝んない、っもん」
「ひーな」

 ぐずぐずと鼻をすすって、それでも意地を張る比奈の頬を軽くつまむ。やわらかいお餅のような感触が心地いい。

「大嫌いって言ったこと、後悔してるでしょ」
「……」
「ほんとは大好きでしょ?」
「……」
「ね、もうちょっとしたら帰ろっか」
「……ん」

 いささか不満そうに頷いたが、泣きやみかけて平常心が戻ってきたのか、目には困ったような表情が浮かんでいる。