全て悪い夢だったなら
06

 まったくふざけてる。そんなことを比奈の前で言わないでほしい。キャラメルマキアートに口を付けたままの姿勢で、比奈がおどおどと俺と彼女を交互に見やる。

「ごっこじゃないからもう遊ばない。ていうか、誰?」
「は……」
「気済んだ? だったらさっさと消えてほしいんだけど。比奈のことあんま馬鹿にすると、怒るよ」
「何マジになってんの、キモイんですけど」
「キモくて結構だから、どっか行って」

 手でしっしと追い払うしぐさをすると、彼女は顔を真っ赤にして、キモイんだよバーカ! と捨て台詞を吐いて姿を消した。その背中を見送って、それから、黙ったままの比奈を見る。
 俺をじっと見ている比奈が、少し目を潤ませている。

「ごっこ?」
「なわけないじゃん。ごめんね、あの人たぶんココおかしいんだよ」

 ココ、と言いつつ人差し指でこめかみの上をトントンと示す。
 鈍い比奈には、直接的な言葉を使わないと理解してもらえない。だから、俺は言葉を選んで言い訳をする。

「ごめんね、嫌な思いさせちゃって」
「う、平気ですよ……」
「だったら泣かないの。あの人が言ったことなんか気にしなくていいんだから。俺、あの人の名前も知らないんだよ?」
「……あは」
「飲み終わったら買い物行こうか」
「はい!」

 おどけて言うと、ようやく比奈が笑った。まったく、せっかくのデートをぶち壊してくれやがって……。
 今度もし会ったらもっとこてんぱんに言ってやる。俺はそう決意して、モカをすすった。しかし、次の瞬間もうすでにさっきの子の顔を忘れていることに気付く。ああ、俺のこの人に興味ない感じ、どうにかならないかな。

「あっ、これ可愛いなあ」
「比奈に似合いそうだよね、これとか」
「あー可愛い!」

 スタバを出て、適当にウィンドウショッピングをする。可愛い服を見つけるたびにそれを手に取り自分の身体に当ててみる比奈は、さっきのことなど忘れたようにはしゃいでいる。切り替えが早いのかそれとも。
 さて。先ほどスタバで邪魔が入ったばっかりに、プレゼントを渡すタイミングを逃した。……別れ際かな、やはり。

「あ、これ先輩に似合いそう」
「どれ」

 比奈が、ルーズなシルエットのカーディガンを取って俺に合わせる。深緑の落ち着いた色合いに好感を持った。難点は、俺が標準より細いため、もともとルーズなそれが肩から滑り落ちそうなほどだらしなくなってしまうことだ。
 学校用のカーディガンを脱いでそれを着てみると、やはり肩幅がやや足りない。ずり落ちるまではいかないが、華奢さを誇張している。

「……もうちょっと太ったほうがいいのかな」
「う? 先輩、そのままでもきれいですよ?」
「ありがと。でも、やっぱりもうちょっと上背がほしいっていうか……」