全て悪い夢だったなら
05

「Buon Compleanno!」
「えっ、これ比奈にくれるですか!」
「Si,お誕生日おめでとう、と言ったところだな」
「うわーありがとうございます!」

 比奈が抱えると余計に大きく見える花束に満足したのか、拓人は一言二言会話をかわすともと来た道を戻っていった。
 ブレスレットをはめた腕で、ご機嫌な比奈はアホみたいに大きな花束を抱えてスキップする。
 ああ、いいなあ平和な頭してる。
 その日の帰りは、比奈とデートをすることにしていた。誕生日に一緒にいられなかったから、という理由で。
 高校の最寄駅はちょっとした繁華街なので、放課後という短い時間で服や何かを見ながら歩いたりするには打ってつけの場所なのだ。

「キャラメルマキアート、飲みたいです」
「じゃ、まずスタバ行く?」
「はい!」

 比奈は、妙に遠慮をしたりしない子なので、ここに行きたいあれが見たいといった自分の希望を正直に口にする。俺はそういうのがわりと好きだ。どこに行くかと聞いていつまでも悩まれたり気を使われたりするのは本意じゃないし、時間の無駄だ。
 スタバで俺はいつも頼むカフェモカをすすりながら、比奈の話に耳を傾ける。今日は数学の授業中に先生がこんなことを言ったとか、昼間梨乃と弁当を食べていたらこんなことがあったとか、彼女の話は底をつかない。そのときのことを思い出して興奮気味に目をキラキラさせて話すのは可愛いし、おもしろい。
 身振り手振りを添えて話す比奈を微笑ましい気持ちで見ていると、背後から声をかけられた。

「あっれぇ、尚人じゃない?」
「……?」
「やっぱりー。超偶然」

 顔に見覚えがある。たぶん、数回遊んだことのある女の子だ。隣に比奈がいるにも関わらず、親しげに話しかけてくる彼女に少しいやな気持ちになる。

「デート? てか彼女できたとか言うからどんな美人かと思ったら……」
「……」

 言葉の溜めに、比奈を馬鹿にするようなニュアンスを感じて、俺はそっと比奈を見る。ぽかんとした顔で彼女を見つめる比奈が、首をかしげた。
 名前すら思い出せない彼女は、俺が何の反応も示さないのも気にせず続ける。

「恋人ごっこ飽きたらまた声かけて!」
「……」