全て悪い夢だったなら
04

「おはようございます!」
「おはよう」

 すっかりご機嫌な様子の比奈ちゃんが、いつもの笑みで俺に笑いかける。俺もつられて笑う。

「温泉楽しめた?」
「はい! 日ごろのストレスもさっぱりです!」

 え、ストレスなんか感じていたのか。……というのは失礼か、いくらなんでも比奈だってストレスくらいあるよな。でもなんだか腑に落ちないぞ。
 まあ楽しかったのならいい。

「あ、誕生日おめでと。……ってメールもしたけど」
「ありがとうございます!」
「今日一緒に帰ろ」
「はいっ」
「比奈、おはよ」
「あっ、おはよー」
「誕生日おめでと、はいコレ」
「うあっ、ありがとー!」

 学校までの道をふたりで歩いていると、後ろから梨乃ちゃんが追いついてきて比奈にプレゼントと思しき細い箱を渡す。さっそく開けにかかる比奈をにこにこと眺めている梨乃ちゃんが、ふと呟く。

「おととい、電話しても出なかったけど、先輩と一緒だったんですか?」
「ああ、いや、三日はお兄さんと温泉に行ったみたいで」
「え、ってことは」
「うわー、可愛い! 梨乃、ありがとう!」
「いや、どういたしまして」

 比奈の手に握られていたのは、シンプルでひとつ大きなピンク色のハートがモチーフになっている華奢なブレスレットだった。繊細な感じが比奈によく似合う。不器用にもたもたと自分の腕に付けようとしているのを取って、金具をつけてやる。

「可愛い!」
「よかったね」
「先輩のプレゼントは?」
「ん? 俺のは放課後のお楽しみ」

 ああ、と梨乃ちゃんが笑顔で比奈の頭を撫でる。と、その撫でていた手の動きがぴたりと止まった。そのまま後ろにさ迷った視線の先を見ようと振り返ると、オリーブ色の髪をした男が小脇に花束を抱えてやって来るところだった。

「ciao! ご機嫌いかがかな、お嬢さん」
「拓人さんおはよーございます」
「おはよう」

 昨日、花屋を見ると言っていたな、そういえば。抱えられた豪華な花束に思わずため息が漏れる。これを抱えて今日一日学校で過ごせと比奈に言うのか。梨乃ちゃんも同じことを思ったのだろう、げんなりと花束を見ている。