全て悪い夢だったなら
01

「三日に何かあるの? ……あ、雛祭りか」

 学校帰り、比奈が、三月三日を楽しみだと言った。思い当たる行事は雛祭り程度しかないが、それのどこが楽しみなのだろう。

「比奈のお誕生日なんですっ」
「へぇ……」

 わくわくにこにこ、という擬音語がぴったりの笑顔で、比奈が衝撃の事実を告げる。相槌を打って一寸遅れて、脳がその内容を理解する。

「……え!? そうなの、なんで早く言ってくんなかったの!?」
「えっ?」
「言ってくれれば……」

 バイトを増やしてプレゼントとかいろいろ……とか、いまさら考えてももう遅い。蓄えはあるものの、今日はすでに三月一日、プレゼントを選んでいるひまもない。

「それで、お兄ちゃんが温泉に連れてってくれるです」
「……あ、そう」
「三日が土曜日だから、一泊二日!」
「そっ、か」

 とりあえず、プレゼントは明日あたり見に行こう。当日はお兄さんと約束してしまっているのなら仕方ないとして、月曜には渡せるように……。

「久しぶりなんでしょ? 楽しんでおいで」
「う、えと……はい……」

 知らされていなかったとは言え誕生日に彼女と一緒にいない彼氏なんか俺くらいじゃないのか。せめてデートくらいはしたかったが、お兄さんとだって久しぶりなのだろうから、仕方ない。
 そう思って笑って頭を撫でると、比奈はなぜか複雑そうな顔をして俺を見た。

「ん、どうしたの?」
「……んえっ、うあ、何も、別に! あっ、先輩は? 先輩はお誕生日いつなんですか?」

 明らかに、何も別に、という雰囲気ではない。が、理由は皆目見当もつかないし、比奈の考えることなんか、大概俺の理解の範疇にない。
 ……お誕生日、か。

「あのー?」
「……知らない」
「へっ?」
「祝われたことないからな……」

 小さい頃に母さんが「おめでとう」と言ってくれた記憶なんてない。あの人にも月日の感覚なんかなかったのかもしれない。何せ、身体が弱いというのを建前に幽閉されていたようなものだし。

「な、なんで?」
「だって、誰が俺の誕生日を祝うの?」