出会い誤解そして和解
10

「ひっ! いやー!」
「……なんか猫みたい」
「やだーぁ」

 非力な俺でも抱き上げられるくらいの軽さにまず驚いた。子どもを抱っこする要領で両腕を腰に回せば、えぐえぐとべそをかき始める。

「比奈ちゃんさあ」
「下ろして、下ろして」
「昨日、俺比奈ちゃんが帰ったあと、司書さんに仕事押し付けられたんだけど」
「えっ?」

 ぴたりとべそが止んで、比奈ちゃんはその黒目がちな大きな瞳でじっと俺を見た。吸い込まれそう、と比喩でもなんでもなく思う。

「比奈ちゃん、図書委員の仕事サボって帰ったでしょ?」
「……。……ご、ごめんなさい……」

 もじもじしながら、比奈ちゃんは俺から気まずそうに視線を逸らし、それでまた俺に抱えられていることを思い出したのか騒ぎ始めた。

「下ろして!」
「うん」

 あっさり、下ろす。地に足のついた比奈ちゃんに携帯を手渡すと、それを受け取ったあとで彼女は俺の眼前に人差し指を突きつけた。

「先輩もメッですよ!」

 何のことを言われたのか一瞬考えて、たぶん襲いかけたことだろうなと思って頷いた。

「うん、もうしないよ」
「約束ですよ!」
「うん。指きりげんまん」

 小指を差し出すと、比奈ちゃんは少しためらうように間を空けて、それからおどおどと小さな小さな小指を伸ばしてきた。ちょろいな。

「でも、比奈ちゃんが泣いたからいけないんだよ」
「え?」
「俺、泣き止ませようとしただけだもん」
「……そうなの?」

 一気に申し訳なさそうな顔になった比奈ちゃんに、ああもう、と俺の中の悪魔が顔を出す。
 ちょろい、ちょろすぎる。この子、今までよく悪徳商法やそのようなものたちに引っかからずに生きてこられたな。
 そのまま、午後一の授業を理科室でおこなうため、比奈ちゃんと別れて廊下をとぼとぼと歩いていると、教室を離れていた梨乃ちゃんに遭遇した。

「やあ」

 俺を見て胡散臭そうに目を細めたが、ぺこりとお辞儀をして足早に去っていく。
 そういえば、俺は梨乃ちゃんから、好意も悪意も寄せられたことがないな、と思った。特別嫌われているわけでもなさそうで、かと言って好かれているわけでもなさそうで。
 俺を見る女の子は大抵その二つの感情で分けてしまえるのだ。うつくしいものに対する羨望による好意か、だれかれ構わずな俺に対する悪意か。
 そのどちらも向けない、という存在は俺にとってはイレギュラーで、どうしていいのかまだ、よく分かっていない。